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2018年4月29日 (日)

丹沢登山紀 10回目 青空と富士山と桜

4/28(土) 今年10回目の丹沢登山は、大型連休の初日でした。

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週一ペースの丹沢登山は、天気と用事の都合で週末の土曜日になりました。大型連休の初日でもあり、始発バスには長い行列ができていました。

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登山客が多ので臨時バスが出ました。始発より10分ほど早く登山口に着きました。いつもより10分早くスタートできるのはとてもありがたいのです。例えば、登山時間を10分短縮しようとすると大変なのですが、その10分は登りでも下りでも大きなゆとりをもたらせてくれます。

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新緑が生き生きと輝いているような緑の道を歩くのはこの時期ならではで、早起きして良かったと思うのです。

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さまざまな色合いの緑と青い空、とてもいい気分でした。

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青い空に浮かぶ富士山。丹沢登山で富士山を眺めることができる確率は5割くらいです。この日は大当たりでした。

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ブルーのグラデーションの山の波の先はブルーの空に溶け込んでいました。

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辛い登りも、見上げた空が青いと元気が出ます。

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最も辛い急坂を登り切ると花立山荘です。今年初めて目にする  と赤く染め抜いた幟が青空を背景に躍っていました。いよいよ暑さとの戦いの幕開けの時期になりました。

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最も開けている場所から見る空は混じりっけなしの青でした。

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山頂への最後の登り、空には雲が湧いてきました。丹沢山塊はどんなに快晴の時でも、富士山や南アルプスからの気流の関係で雲が出やすいのです。

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塔ノ岳山頂の気温は10℃。風はほとんどありませんでしたが大気は爽やかで、火照った身体を冷やしてくれました。

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塔ノ岳山頂から見た富士山は、随分雪解けが進んでいるような印象でした。今年は積雪の量は少なく雪解けは早いのかもしれません。これから薄化粧を落として、後2ヶ月もすれば富士山も山開きとなります。時の経つのが早く感じられます。

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急傾斜の下山道を下るときには足元に神経を集中させるのですが、ふと目を上げると富士山とシーズン最後の桜がオーバーラップしていました。今まで何回となく登り下りしている道なのですが、初めて目にするアングルでした。

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週末で大型連休の初日で好天気でしたので登山者は続々と登ってきました。皆さん苦しそうな表情で、ゼーゼーハーハーと、心臓の鼓動が聞こえてくるようでした。何でこんな苦しい道を登るのだろうかと我ながら物好きな!と思ってしまうのでした。

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登山客が途切れて静寂に包まれた若葉の道は、やがて季節が巡ってくると紅く染まります。この緑をしっかりと目に焼きつけました。

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足元で咲いている白い花も季節が来ると前の年と同じ色の同じ造形の花を咲かせます。冬の時期には枯れて地に潜っているのですが、どうやって記憶が甦ってくるのか不思議です。

風は爽やかで青空に恵まれた1日でした。こんな登山日和(行楽日和でもありますが)は年に数回しかありませんが、この日目にした空や緑や富士山が記憶になって、悪天候の日の登山を支えてくれるのです。

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2018年4月27日 (金)

回想:最後の桃源郷 34工事中

20134/12(金)、パキスタンの首都イスラマバードへの帰り道、果てしなく遠くにも思われたカラコルムハイウェイは、往路は順調だったのですが。

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山裾の危なっかしいデコボコの道を通り抜けて舗装道路に出ると、ボコボコの縦揺れがなくなるだけで身体がスーッと楽になりホッとしたものでした。

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しかしすぐに魔のボコボコ道に出くわしました。このボコボコの埃っぽい道がどこまで続くのやらうんざりしました。

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13:22、前方の何台かの車が停車していて、その先を見ると土埃が舞っていて、 スワッ! 土砂崩れかと思い、とっさに今日中に目的地チラスに着けるのかなという不安が頭をよぎりました。

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近くに寄ってみると更に土煙は激しくなって、かすかに工事用重機が見えましたので工事だと気がつきました。

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よくよくみると工事用重機が2台せっせと働いていました。

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崖の上のショベルカーが岩や土砂を押して道路上に落とし、下で待ちかまえていたホイルローダーが道路上にたまった岩や土砂を更に道路の下の谷底に捨てるというもので、遠くから見ていると工事は遅々として進んでいないように見えました。しかも崖の途中にひっかかった岩は人間が押していました。いつかはこういう場面に遭遇すると覚悟はしていましたので、夕方くらいまではここで足止めとあきらめとました。

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当然のことながら次から次へと車が集まり、最初は片側一車線に渋滞してた車列もいつの間にか二車線になり、これでは通行が開始されても対向車が通り抜けできずとんでもない渋滞になると思われ、もうどにでもなれと捨て鉢な気持ちになりました。

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車に乗っていた人達はこの渋滞に慌てたり困った素振りをすることもなく楽しんでいるようにしか見えませんでした。特にあちこちから写真を撮ってくれという声がかかり、撮った写真をモニターで見せるととても喜んでいました。こちらもすっかり腹をくくりました。

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14:50 予想より遙かに短い時間、1時間半で工事は終わり、道は開通しました。脇を走り始めた車の窓から子供がこちらを見ていました。心配された対向車との通行はスムーズに進行し、なんと私達の車は警察のパトカーに先導されて優先的に渋滞を抜け出すことができました。バンザイ!

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工事渋滞を切り抜けて、舗装道に出るとさながらカーチェイスなみに抜きつ抜かれつの激走が始まりました。

1回くらいは経験するかなという工事渋滞は、事前の予告も何時頃に終わるという見通しも全くなく(工事をしていたのは中国人でした)、まあこれがパキスタン流かなと納得しました。それにしても最も心配したのはやはり青空トイレでした。私達男性は何処へともなく遠征しましたが、イスラムの国では素肌を晒して人前に出ている女性は物珍しくも不思議でもあり、否応なく好奇の目に晒されますので、女性は大変でした。そんな難局も添乗員の村田さんの機知と戦略で乗り切ることができました。

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2018年4月25日 (水)

丹沢登山紀 9回目 若葉の候

4/20(金) 今年9回目の丹沢登山に行きました。週一ペースも4週目になりました。

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出発してほぼ1時間で最初の急登の道になりました。この日は晴で夏日でしたので平日でも登山者は多く、この辺りに来るといくつかのグループにばらけました。私は何とか頑張ってこの集団について行こうと思いました。

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枯葉や枯れ木が目立ったこの辺りも若葉で薄緑色に染まりつつありました。

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出発して2時間半、最も急傾斜の尾根にさしかかり、ここでも何とか集団の最後尾についていきました。何回か通ううちに地元の常連さんから声をかけられるようになり、その日のコンディションで先行したり後に付いたりしながらも励まし合うようなペースで登ることが多くなりました。

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丹沢山の塔ノ岳コース(バカ尾根)は急傾斜の路が多くなかなか大変なのですが、大きな山小屋のプロパンガスタンクを背負って往復しているスゴイ人もいます。

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急登の山道を登りきると花立山荘がありほっと一息をつくのですが、春はここまでも上がってきていました。ここから山頂までは3040分の登りが待っています。

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快晴なのですが、暖められた大気が雲になって舞っていました。今年の富士山は、積雪量が少なくまた気温が高いために雪の白さが薄く、厚さも薄いそうです。雪解けは早いかもしれません。

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地上は気温が25℃近くの夏日ですが、山頂は10℃でとても快適でした。涼しい風が火照った身体と大汗を拭ってくれました。

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涼しい風を感じながら、連なる山々を眺めながらの下山は楽しいものでした。

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茶褐色一色だった山の連なりも、足の長い緑の絨毯が波を打っているような景色に変わりつつありました。

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豆桜が行く春を惜しむように最後の花を咲かせていました。

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足元を見ればスミレがあちこちに薄紫の花を咲かせていました。

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薄緑色の若葉が陽を浴びてキラキラ光っていました。これから日々緑の濃さを増していきます。

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日陰でひっそりと葉をひろげている草も鮮やかな緑に染まっていて、日射の恩恵を受けなくても暖かい空気を取り入れ、大地から養分を吸い上げていました。

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陽向の恩恵を全身で受けとめている花は目いっぱい花弁を拡げていました。

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下山するにつれ里に近くなると、今まで見かけなかった白い花も見られるようになりました。

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気の早いツツジが花を開いていて、もうゴールデンウィークも近く皐の候になります。季節の移ろいの早さを実感しました。

春山の時期になり、登山にはいい時期がやってきましたが、それでも早起き(04:30)と早立ち(05:30)は辛いものです。布団の中でグズグズと出かけない理由を探したりすることも多いのですが、そんな時80代になっても頑張っている常連さんを思い浮かべると自分も頑張ろうという気になります。

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2018年4月23日 (月)

相模川そぞろ歩き

4/16(月) 相模川のそぞろ歩きに出かけました。現在の小田急沿線に引っ越してきてからほぼ1年が経ちました。その結果丹沢山へのアクセスがよくなり週一のペースで通えているのですが、相模の地を貫いて流れる一級河川相模川には近寄ったことがありませんでした。

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小田急線の海老名駅で下車し、市街地を抜けて相模川方向を目指しました。整備された運動場などはあるのですがなかなか川沿いには近づけませんでした。

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広い敷地には工場群があったり菜園などが広がっていましたので、とりあえず川の流れに並行する方向に向かって歩きました。

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さらに広い農地が続いていて、田畑のあぜ道を直角に丹沢山塊方向に歩けば相模川にぶつかるかと思ったのですが、行き止まりだったりしてなかなか川に近づけませんでした。丹沢山塊を眺めながら、広い畑が続く道を歩くのも小さな旅をしているような気分になりました。

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農地の地帯を過ぎると少しずつ川に近づいているような雰囲気になり、広い河原には存在感のある大木がどっしりと座っていました。多くのCM撮影で取りあげられた富良野・美瑛辺りのセブンスターの木やケンとメリーの木のような雰囲気も。

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ようやく堤防となっているプロムナードに出ることができました。

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ちょうど芝桜が見頃で、土手沿いに濃いめのピンクの絨毯が続いていました。

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ちびっ子たちの黄色い歓声が聞こえてきてここだけが賑やかでした。

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何種類かの色の違う芝桜がかなり長く続いていました。

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しばらく歩いて行くと小さなテントがあって、「芝ざくら愛好会」の本部?となっていました。

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「芝ざくら愛好会」のテントの脇では、地元の農家のおじちゃんとおばちゃんが朝取れ野菜を即売していました。春キャベツもレタスも大根もカブもネギも全て100円均一で、いわば野菜の “100 でした。リュックに入る分、手に持てる分を買い込んでしまい、そぞろ歩きが野菜買いだしツアーになってしまいました。カミさんには喜ばれました。

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芝ざくら愛好会のレディースの皆さんが休憩していました。 美人にとって~~ぇ とここでも黄色い歓声が響いていました。お疲れさまです!

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平坦な足に優しい土の道を踏みしめて歩くのは気持ちのいいものでした。

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一つ不満を言えばもっと川に近づきたかったのですが、柵があったりして川の流れる音を聞きながら歩くことはできませんでした。相模川は、富士山の水を集めた山中湖を水源として、相模湖と津久井湖の2つのダム湖を経て相模湾に注いでいます。悠々と流れる水が富士山の雪解け水かと思うとロマンを感じました。

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5月には「大凧まつり」が行われます。1830年頃からの相模原市の伝統行事で、4つの大凧あるそうです。最も大きなものは14.5m四方、重量950kgで毎年揚げているものとしては日本一の大きさだそうです。

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(画像はインターネットより転載) 巨体が大空に浮かんだら壮大でしょうね。

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時間が経過するにつれて日射しは強くなりましたので、木陰で一休みしながら持参した軽食とちょっとしたアルコールで一休みしました。丹沢山塊から相模川の川面を渡ってくる風が涼しく心地よく、うたた寝をしたくもなりました。ゆったりとした至福の時間でした。

初めての相模川のそぞろ歩きは下流へと下りましたが、上流を遡れば相模湖、山中湖へと向かいますので上流探索も面白いかもしれません。

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2018年4月21日 (土)

丹沢登山紀 7、8回目 山にも春が

4/4(水) 今年7回目の丹沢登山に行きました。1週間ぶりの丹沢でした。

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今年は全国的に桜の開花が早いのですが、丹沢の登山口近くの里の桜も満開状態になっていました。

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急な山道を下ばかり向いて歩いているとつい見落としてしまいそうな儚げな山桜が咲いていました。

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京都で見た華やかな桜に比べて清楚な山桜ですが、間近で見ればしっかりとした花びらを拡げて日射しを受け止めていました。 

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登り始めて2時間近く、少しずつ疲れを感じる頃、白い小さな蝶が舞っているような山桜に出会うとほっとするのでした。

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山頂に着くと、青空が見えるものの白い雲が激しく流れていました。地上ではこの日の最高気温が25℃にもなるという暖かさのため、暖められた大気は靄や雲となって富士山をすっかり隠してしまいました。

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気温はグングン上昇しているようで、下山の時には前方の視界がすっかり塞がれてしまいました。これからの登山はできるだけ早い時間帯でないと富士山を見ることはできなくなります。

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登っている時は必死で余裕がないために足元の花に気がつくことはあまりなく、気がついてもカメラを向けるゆとりもないのですが、下山の時はゆとりを持って草や花を眺めることができます。気がつけば、春の訪れを感じさせる花があちこちに可憐な姿を見せていました。

丹沢登山紀 8回目

4/10(火) 今年8回目の丹沢登山に行きました。3週続けての丹沢でした。週一のペースで登りたいのですが、天気、体調、用事などで思うようにならない場合もありますが、できるだけこのペースを守っていきたいと思っています。

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丹沢の上空は雲一つない青空でした。天気は前回よりも低めで快適な登山日和でした。

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天気がいいと、塔ノ岳へのもう一つの登山ルート表尾根の稜線もはっきり見えます。その手前に桜が咲いていて、こんな所に桜が咲くとは思ってもみませんでした。花びらが小さく豆桜と呼ばれています。

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前の週よりも桜の花が目につきました。今まで何年も通っているのですが、こんなに桜があるとは気がつきませんでした。

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雲一つなかった空でしたが気温の上昇と共に雲が増えてきて、山頂で富士山が見られるか時間との勝負となりました。 

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春に誘われて鹿の姿が見られるようになりました。登山者をじっと見ていてあまり警戒はしていないようでした。 

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登山口から見上げたときには雲一つなかったのですが、山頂への最後のステップの頭上には雲が渦巻いていました。

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山頂から見た富士山は霞んでいて、雲もまとわりついていて今にも隠れそうでした。これからの時期、なかなか富士山を見ることができなくなります。

地上はすっかり春モードですが、春は山にも駆け上ってきていました。枯れ木の山道が桜の山道になり、これからは青葉の道になります。夏が来て、秋が来れば紅葉が見られます。自然の懐に抱かれて季節の移ろいを感じることができることは何と幸せなことでしょう。

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2018年4月19日 (木)

京都散策 醍醐寺

4/2(月) 早朝の八坂神社参拝と円山公園散策の後、醍醐寺へと向かいお昼の新幹線で帰宅の途につきました。

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京都にはたくさんの桜の名所がありますが、醍醐寺は代表的な桜の名所となっています。醍醐寺へは京阪電鉄と地下鉄を乗り継ぎ、醍醐駅から歩きました。駅前からのルートは桜の名所の古刹へのアクセスルートとは思えない都市的なイメージでした。

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京都市が開発した近代的な分譲住宅地を抜ける道には桜が配されていて、この道を歩くだけでも楽しく感じました。

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醍醐寺は大きく分けて3つのエリアに分かれていて、最初に「三宝院エリア」を訪れました。三宝院は今から900年ほど前1115年に創建され、以来座主の居住する本坊として醍醐寺の中核を担ってきました。

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三宝院の庭園は、豊臣秀吉による醍醐の花見(1598年)を契機として整備されて時に秀吉自らが基本設計をしたものだそうです。秀吉一族は徳川家康に絶やされ命脈は尽きているのですが、この庭園は秀吉の息づかいが続いているものです。

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2つめは「伽藍エリア」を訪れました。伽藍エリアの入口西大門は、豊臣秀頼が再建したものです。昨年の大学ゼミの同窓会でもこの門をくぐりました。

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仁王門からの広い境内に続く道は目に鮮やかな緑に彩られた道で、目が癒やされました。

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1598420日に催された醍醐の花見は豊臣秀吉一世一代の催し物として知られています。秀吉はその半年後にこの世を去りました。

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伽藍エリアの中心に位置する本堂である金堂は、秀吉により紀州(和歌山)から移築されたもので、堂々としていてシンプルでとても美しい姿をしています。本尊は薬師如来像で、両脇には日光・月光菩薩立像が配されています。

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天空に突き出た五重塔は、醍醐天皇の菩提を弔うために951年に完成したもので、京都府下では最古の木造建築物です。醍醐寺は桜だけではなく伽藍としても見所があります。

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境内の最も奥まった場所に弁天堂があります。ここは紅葉の名所になっているのですが、お堂や橋の朱の色が緑に映えていて、極楽を暗示するようなこの景色もいいものです。

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池を挟んで観音堂があります。西国三十三ヶ所観音霊場第十一番札所で、その佇まいは観光客で賑わう桜の名所であること忘れさせてくれるほど静寂に包まれていました。観音堂を見ながら持参した軽食を食べながら一休みしました。

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「伽藍エリア」から「霊宝館エリア」に移動しました。何回も京都に来ているのんちゃんですが、醍醐寺は初めてで桜の多さにびっくりしていました。

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霊宝館エリアも桜の種類も数も多く、中にはかなり葉桜が進んでいる桜もありました。盛りを過ぎて葉桜になりつつある風情もいいものでした。

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ビッシリと花を抱えて重たげな桜もありました。養分を与えてここまで成長させる大地にはどういう栄養があるのでしょうか。

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大地に根を下ろした一本の古木にも随分葉桜が目立ち始めました。葉桜からやがて青葉になるのでしょうが、青葉が繁った姿もきっと見栄えがすることと思われました。

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京都駅で新幹線を待つ間の昼食、先ずはビールで。

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ここでの食事はカレーうどんが定番になりました。和風のカレー味と九条ネギのコラボが病みつきになりました。

毎年4/1に訪れる春の京都、桜が見頃の時もあれば外れの時もありました。今年は開花がかなり早く心配されましたが見事なものでした。初めて訪れた大悲閣はとても印象的でしたし、かつて歩いて一周した琵琶湖の水が京都にとっていかに重要な役割を果たしているかを再認識した京都散策でした。

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2018年4月17日 (火)

京都散策 八坂神社早朝参拝

4/1(日) 初めて入ったおばんざいの店で京都の味を楽しんだ後、2軒目はその時の気分で行き当たりばったりで。 

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先斗町から再び高瀬川沿いに歩きました。桜の花びらは高瀬川にハラハラと舞い降りて、葉桜が目立つようになっていました。

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2軒目はどこにしようかと、フラフラと彷徨いました。昨年の秋は、2軒目は寺町のモツ煮の店に入ったのですがモツ煮が売り切れで振られましたので、今回は早めに高瀬川沿いの店に入りました。

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席に座って、今度は冷酒(やはり升酒は風情があっていいです)をいただきました。

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前回のリベンジで何はともあれモツ煮をオーダーしました。

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下町風焼き鳥屋の店内はいつの間にか満席となりました。のんちゃんは普段はあまり入らない店であまり食べないタンやモツやホルモンを熱心に焼いてくれました。

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おばんざいの店と焼き鳥の店でお腹は十分満たされたのですが、スイートは欠かせないようで祇園四条に並ぶ和菓子屋に入りました。昨年来たときにすっかり気に入った「やき餅」。

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春の宵の花見小路には人の流れは絶えることがありませんでした。

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この日のお宿、旅館紫に戻りました。

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旅館紫さんの朝食は、京都の味と季節折々の味が楽しめます。今回は一足早く旬の筍を使った炊き込みご飯と小鉢を出していただき、3杯もお代わりしてしまいました。

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旅館紫さんで朝食をいただいて、歩いて数分の距離にある八坂神社に早朝散歩と参拝をしました。四条通に面した西楼門へと上る石段には人影はありませんでした。

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八坂神社は「祇園さん」とも呼ばれて祇園のシンボルになっていて舞妓さんが参拝するなどで親しまれ、観光スポットとして有名になりすぎてちょっと俗化したイメージがあるのですが、創祀は656年とも伝えられ由緒ある社です。日中は縁結びを祈願する人や恋をしている人にお勧めの「恋みくじ」を買い求める人で賑わうのですが、早朝のこの時間ひっそりとしていました。

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舞殿(ぶでん)は奉納行事や結婚式も行われる舞台です。 花街の置屋や料亭から奉納された提灯には、毎夜灯りが灯されるだけでなく、この提灯と星の明かりのもとにナイトウェディングが執り行われることもあります。

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八坂神社から円山公園に向かうと、桜はまだまだ見頃で、この日の花見席を確保する筵があちこちに置かれていました。

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のんちゃんも、お目当ての旅館紫さんの朝食を堪能して、静かな八坂神社と円山公園の早朝散歩も満喫してご機嫌でした。

4/1朝京都に着いて、嵐山、トレイルコース、南禅寺から岡崎公園、高瀬川と歩いた長~~い1日が終わり、清々しい朝を迎え、また新しい1日が始まりました。 

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2018年4月15日 (日)

京都散策 おばんざい

4/1(日) 南禅寺から高瀬川に出て、夕食へと向かいました。

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まだ日が暮れていない時間帯でしたが、先斗町にあるおばんざいの店「たばこや」に入りました。「たばこ」とは鳥取の方言で一休みとかゆっくりするという意味がで、先代のオーナーが鳥取出身とか。初めての店でした。

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17:00開店と同時に予約客でカウンターもいくつかあるテーブルも埋まっていました。カウンターの上には準備ができたおばんざいが次々に並ばれてきました。

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何はともあれ、ビールで渇いたノドを潤しました。

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先ずは、のんちゃん主導でおばんざいを注文しました。

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日本酒の品揃えはそれほど多くはありませんが、普段飲めない地酒中心に飲めればいいのです。

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おばんざいはのんちゃんに任せて、私は錦市場から仕入れるという定番のおつくりで日本酒をチビチビと。

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どちらかというと冷酒の方が好きなのですが、ここの燗酒は独特ということでしたので燗をオーダーしました。保温のアルミコップで出てきました。

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久しぶりに飲む燗酒もいいものでした。

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おばんざい第2ラウンド。

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ここでは2種類(各2合)の燗酒を飲みました。

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一通りのおばんざいと、私はビールと燗酒ですっかりいい気分になりました。カウンターの中に入っていた笑顔の素敵なスタッフさんが見送ってくれました。

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日が暮れて先斗町の細い路地に灯が灯りました。

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ブラブラと、ちょっとした路地を抜けて歩くのも旅の、特に夜の京都の楽しみです。

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さて、2軒目はどこにしようかとあちこちの店を物色しました。まだまだ京都の夜は長いのです。

京都に行くたびに、夕食はできるだけ行ったことのない京都らしい店に入り、とりあえずは京都の味を楽しんだ後は普段入らないような旅ならではの店に入ることにしています。

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2018年4月13日 (金)

京都散策 高瀬川

4/1(日) 「京都一周トレイル 神明山コース」を辿って南禅寺に着いた後、さらに市内を散策しながら高瀬川へと向かいました。

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運河のようになっている琵琶湖疏水の石堤にもビッシリと桜が花開いていました。この水路は二条通りを横切って鴨川に合流します。私たちはこの流れに沿って歩きました。

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岡崎公園前に来るとキャップを被った元気なお嬢さんが「京都さくらよさこい」のプラカードを持っていましたので、誘われて会場を覗いてみました。

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平安神宮の手前に舞台がセットされていて、見物の人たちが集まっていました。

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さまざまなグループがさまざまな衣装でそれぞれのよさこいを躍っていました。若い人たちの躍動する姿はいいものです。

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岡崎公園を訪れたのは初めてでした。京都市を代表する総合公園の一つで、公園内には京都市美術館、京都市動物園、琵琶湖疏水やインクラインなどがあり、この日も沢山の人たちで賑わっていて、私たちも浮かれ気分になりました。

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川端通りに出ました。琵琶湖の水は琵琶湖疏水を通ってここから鴨川に合流しています。琵琶湖の水は京都にとっては生命線となっています。

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川端通りを越えると京都の代表的な風物詩、鴨川にぶつかりました。琵琶湖の水は鴨川に流れ込み鴨川は桂川と合流してさらに淀川に合流します。この水路は琵琶湖から流れ出る唯一のルートで、最後は大阪湾に流れ込んでいます。

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鴨川を越えて向かった先は村上開新堂でしたが、残念ながらcloseでした。当日インターネットで調べた時にはopenとなっていたのですが縁がありませんでした。

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(インターネットより転載) 村上開新堂は知る人ぞ知る洋菓子店で明治7年の創業。東京でここのクッキーを入手するには紹介者が必要、セット販売のみで高価、注文してから入手するまで数ヶ月かかる、と大変なのです。

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ところがどういうわけか京都に店舗があり、自由に1つからでも購入できるということでしたので、特にのんちゃんは楽しみに出かけたのですが、残念でした。とはいえ、のんちゃんも私も親切な顔の広い知人を介して1回だけ取り寄せ食したことがありますので、まっ!いっか!

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村上開新堂から高瀬川に戻ると高瀬川の桜も見頃で、「高瀬川一之船入」辺りに一艘の高瀬舟が浮かんでいました。「船入」は舟を接岸させるための入江のことで、二之船入、三之船入が設けられましたが、現存するのはここ一之船入だけです。そういえば、この高瀬川を開削したのは奥嵐山の大悲閣を建立した角倉了以(すみのくらりょうい)でした。

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高瀬川沿いの木屋町通りで佐久間象山が刺客に襲われ絶命しました。近くには坂本龍馬が逗留した「酢屋」もあり、幕末、新撰組や佐幕派や攘夷派などの志士たちが行き交った通りでもあります。

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料理旅館「幾松」は、幾松は勤王の志士だった桂小五郎の愛人で芸妓でした。現在旅館になっているここは桂小五郎と幾松の寓居跡として有形文化財に登録されています。

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高瀬川沿いの道の中でもここ三条木屋町辺りはひときわ風情を感じる場所です。今まで暖簾をくぐったおばんざいの店「めなみ」や会席料理「浜町」などもこの界隈にあります。

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何回も歩いている高瀬川沿いの道ですが、初めて実際の高瀬舟が運行されているのを見ました。高瀬川愛顧会のイベントのようでした。

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舞妓姿の少女が金魚すくいをしていました。傍にお付きのお姉さんのような人が目を光らせていて、少女は舞妓見習いでしょうか。

京都ではできるだけ歩くようにしています。この日は午前中は奥嵐山を歩いて大悲閣へ。午後からは蹴上から南禅寺までのトレイルコースを歩きそのまま岡崎公園から高瀬川まで、その間「京都さくらよさこい」や運行する高瀬舟に出会ったり 犬も歩けば棒に当たる の京都散策となりました。

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2018年4月11日 (水)

京都散策 トレイル神明山コース

4/1(日) 蹴上で満開の桜を愛でた後、「京都一周トレイル 神明山コース」を辿って南禅寺へと向かいました。

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神明山コースを歩くのは2回目です。蹴上発電所を眺めながら山へと向かうと間もなく日向大神宮の赤い鳥居が見えてきました。日向大神宮には、伊勢神宮と同じ神明造りの外宮と内宮があります。「元伊勢」とも呼ばれ、紅葉の名所になっていますが、鳥居を囲むように桜が咲いていました。

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少しずつ傾斜がきつくなり、訪れる人も少なく、喧噪からも遠くなりました。

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山道はだんだん細くなり、登山道のように整備されているわけではありませんので山の中を何となく歩いているような感覚になりました。

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山といってもそれ程の標高があるわけではなく、人里離れているわけでもありませんのでそれほど不安はないのですが、それでも京都一周トレイルの標識が出てくるとほっとしました。

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蝶が舞っているような花を咲かせているツツジ科の花が目を楽しませてくれました。一足早く春から皐の時期に季節が移ろいつつあるのでしょうか。

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このルートは2回目ですので安心しきって歩いていたのですが、時々こんな道だったかなあと思うこともあり、自分の記憶のいい加減さに不安になりました。

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標高が一番高いところ、南禅寺山から急な下り道となり、前回の記憶がよみがえってきました。

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急傾斜の下り道降りきると霊場的な雰囲気になりました。

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大きな樹木と岩に囲まれた静寂なスポットには、一条の水が流れ落ちていていました。ここ駒ヶ滝は行場になっている神聖な場所です。

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南禅寺山の麓のこの辺りは鎌倉時代から「神仙佳境」と呼ばれ霊地として知られていたそうです。ここは勝運の神を祀っている最勝院の奥の院。

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霊場的なスポットを下って行きますと琵琶湖疏水の水路橋に出ました。南禅寺水路閣と呼ばれ、琵琶湖からの水が流れています。

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琵琶湖疏水の水路は南禅寺境内を通過するために周辺の景観に配慮してデザインされています。全長93m、幅4m、高さ9mでレンガ花崗岩造りでアーチ状になっています。

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昨年の秋訪れた南禅寺は紅葉が見事でしたが、春の桜も見事です。

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歳月を感じさせる古木がまとった瑞々しい花びらはとても美しいものでした。

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南禅寺の山門にも沢山の人たちが上っていて、絶景を楽しんでいるようでした。

蹴上から南禅寺に至る京都一周トレイル神明山コースは春も秋も楽しめ、霊場的な雰囲気も楽しめるお手軽コースです。

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2018年4月 9日 (月)

京都散策 旅館紫

4/1(日) 今回の京都散策の最も大きな目的であった「大悲閣」を訪れ、納得した後花見の名所へと向かいました。

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来たときの道、奥嵐山を折り返し、再び桂川に沿って嵐山へと向かいました。グリーンに見える川面には屋形船やボートがゆったりと浮かんでいました。

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渡月橋には多くの人が行き交っていて、多くの人たちが春爛漫の京都を満喫していました。

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気温は暖かく、春霞の色が濃くなり東山三十六峰の稜線は空に溶け込んでいました。桂川沿いの堤に並んだ桜は満開の時を迎えて、春麗らかな陽気となりました。

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嵐山駅に向かう目抜き通りの桜は風が吹くと小さな桜吹雪が舞っていました。

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のんちゃんは、抹茶や抹茶系のスイーツが大好きですので、お店に入ると真剣な顔をして品選びをしていましたが、ソフトクリームをゲットしてこれ以上ないほど嬉しそうな顔をしていました。

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嵐山駅から京阪電鉄祇園四条駅に出て、お昼過ぎに花見小路に着きました。

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京都での定宿となっている「旅館紫」に着きました。女将さんとは、のんちゃんも私もここではすっかり顔馴染みとなりました。

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いつもの部屋に通されて畳に腰を下ろし、簾越しに流れ込んでくる空気を吸って観光客のそぞろ歩きの靴音を聞いていると、また京都に来たんだなあという実感がしみじみと湧いてくるのです。

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午前中の散策で疲れた身体と空腹とノドの渇きを癒やすとほっと力が抜けてきます。一休みして、リュックを預けて午後の散策に出かけました。

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京都には桜の名所がたくさんありますが、お花見に最も相応しい場所はここ蹴上(けあげ:地下鉄東西線蹴上駅)ではないかと思います。見事に満開状態になっていました。

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たくさんの人たちがいる場所にはレールが敷かれています。ここは琵琶湖疏水による舟運ルートの1区画である傾斜鉄道(インクライン)の跡地です。ここでの花見は、よくある酒を飲みながらご馳走を食べながらの花見風景が一切ないことで、純粋に桜だけを楽しむことができます。

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琵琶湖疏水は京都と大津間の舟による輸送ルートですが、落差の大きい場所では舟が運航できないために、台車に舟を乗せて上り下りさせるインクラインで運行していました。太平洋戦争後の1948年に撤去されたのですが、1977年に産業遺産として復元され1996年には国の史跡に指定されました。

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琵琶湖疏水を利用して水力発電も行われました。蹴上発電所が建設され、その電力を利用して1891年(明治24年)日本初の電気鉄道(京電)の運転が始まりました。レンガ造りの発電所は歴史的な使命を誇るだけではなく、近代日本開化期のモダンで美しい建造物は満開の桜によってさらに引き立てられていました。

奥嵐山で400年ものあいだ風雪に耐えている大悲閣や文明開化のシンボルともいえる蹴上発電所を眺め、一味違った京都を楽しみました。

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2018年4月 7日 (土)

京都散策 大悲閣

4/1(日) 京都に着いて、駅から直接嵐山に向かいました。例年この時期の嵐山は桜には早いのですが、今年は開花が早く桜は満開でした。渡月橋を渡り、奥嵐山の大悲閣へと向かいました。

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いつもは嵐山の目抜き通り散策や嵯峨野へと足を向るのですが、今回は桂川を右手に見て川沿いの道を奥嵐山へと向かいました。

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上流では流れの激しいところもある桂川ですが、嵐山近辺は流れも穏やかでボート遊びをしながらお花見をしている人たちがいました。

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桂川を遡れば流れが急になる保津峡があり、その保津峡下りの船にも行き会いました。

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桂川沿いの道を歩いていくと、やがて緩やかに上りつつ道は細くなりました。暖かい春の日だったのですが、ここまでくると空気はヒンヤリとしてきました。

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山道のような道の途中に「日本の先覚者 角倉了以」の似顔絵が飾られていました。この道は大悲閣へと至る道で初めての道でした。「角倉了以(すみのくらりょうい)」という人は、戦国時代から江戸時代にかけての京都の豪商です。

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上ってゆく道の途中に鐘があり自由に撞いてもいいとのことで、のんちゃんと交代で3回ずつ撞きました。ごー~~んという音が嵐山の山々や谷間に6回響き渡りました。

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この「大悲閣」は、1614年に江戸時代の豪商角倉了以(すみのくらりょうい)が、大堰川を開削する工事で亡くなった人々を弔うために、嵯峨の中院にあった千光寺を、移転し建立させたものです。この大悲閣は岩肌に建てられた観音堂です。

Photo
2071.4.5撮影) この大悲閣のことを知ったのは、昨年の4月大学ゼミの同窓会「寛六会」で嵐山の大河内山荘に遊んだときでした。嵐山の山奥の岩肌にぽつんと一つ、今にも崩れ落ちそうなお堂が目につきました。不思議な場所に不思議な建物があり、一度行ってみたいと思っていました。

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ゼミ同窓生のOhta君からいただいた資料を見ると、大河内山荘と千光寺(大悲閣)との位置関係がよくわかりました。大河内山荘の左手に千光寺(大悲閣)があります。 

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大悲閣からの展望です。ここから大河内山荘を眺められるはずですが、目印がなく大河内山荘を見つけることはできませんでした。

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「角倉了以」は、京都嵯峨の出身で安土桃山・江戸初期の豪商、その生涯はほぼ徳川家康と重なっているそうです。文禄元年(1592)豊臣秀吉の朱印船に加わり安南国(今のベトナム)と貿易して莫大な富を得たそうです。

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我が国の民間貿易の創始者でもありますが、保津川、富士川、天龍川、高瀬川等の大小河川を開鑿(かいさく)し、舟運の便益に貢献しました。晩年は、この地に隠棲し、開鑿工事に関係した人々の菩提を弔うため、この寺を建てたといわれています。

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本堂には、了以の念仏仏であった本尊の千手観音像や法衣姿の木像了以像が安置されていて、その雰囲気は京都に数ある大寺院の雰囲気とは異なり、手造り感覚でとても身近で親しみやすく感じました。

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本堂(大悲閣)では、外国人たちがご住職(陰になっています)がの法話に耳を傾け、また活発な質疑応答が行われていてガイドさんが一生懸命通訳していました。

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昭和34年(1959年)の伊勢湾台風で、大悲閣、千光寺とも半ば倒壊し、長年千光寺は仮本堂、大悲閣はワイヤーに支えられていたそうです。2012年から大悲閣の改修工事が行われ一般公開されて今日に至っています。

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本堂は古民家風でもあり庵のようでもあり、境内(前庭)は寛ぎ処のような雰囲気でほっこりする空間でした。

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大悲閣の足元には桂川が流れ、その対岸に沿って嵯峨野観光線、トロッコ列車が走っていて、ちょうど私たちが下山している目の前で停車していました。多分、お花見と渓谷と渓流の撮影ポイントなのでしょう。

興味に惹かれて初めて訪れた大悲閣は、山奥の崖の上に建つ古民家のような質素な寺院でした。しかしその建立の経緯などの歴史的な背景や400年間岩肌で風雪に耐えていることを知れば、雨にも負けず風にも負けず台風にも負けず、これからもいつまでもこのままであってほしいと願わずにはいられません。

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2018年4月 4日 (水)

京都散策 嵐山

4/1(日)、2(月)の日程で京都に行きました。ここ数年4/1には京都に行くことにしています。この日は、長年のビジネスの右腕であった友の命日であり、また11年前に旧東海道歩きでゴールした日でもあります。

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同行者は、11年前に旧東海道歩きで一緒にゴールしたのんちゃん。鳥取から参加予定のリコピンが都合が悪くなり二人旅となりました。

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新横浜駅(06:46発)から新幹線に乗って、最初の楽しみは朝酒と駅弁です。朝や昼に酒が飲めるのは旅行ならではです。乗り鉄や撮り鉄などの鉄道ファンは知られていますが、私は飲み鉄ということでしょうか。

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新幹線が横浜駅を出発してすぐに右側の車窓から大山とそれに連なる丹沢の連山を眺めることができます。

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小田原を過ぎて静岡県に入ると、晴れていればこの日のようにドーンと構えた富士山を眺めることができます。富士山が見えるとそれだけで得した気分になりました。

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定刻(09:14着)に京都駅に着いて、山陰線に乗りかけました。乗り換えホームの向かいのホームには丹後半島に向かう「特急きのさき」が入線していました。昨年の4/57に大学ゼミの同窓会で京都から丹後半島を巡った時、修学旅行気分で乗った電車でした。あれからもう1年経ちました。

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嵐山に向かう山陰線の車内は超満員でした。乗客の半分以上は外国人観光客のようでした。

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嵯峨嵐山駅の隣にはトロッコ列車の発着駅舎がありここでも外国人で賑わっていました。

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1年前の大学ゼミの同窓会では天龍寺観光をして嵐山に向かいました。今回も同じコースを辿りました。天龍寺の前の桜は今年も見事な桜の花を咲かせていました。

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桜の花びらは小さな塊をつくっていて青空の下、ひときわ華やかに見えました。 

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天龍寺から嵐山に抜けると、花かんざしのような枝垂れ桜がピンク色に染まっていました。

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桜のピークと日曜日が重なりましたので、嵐山の目抜き通りには人も車もどっと押し寄せていました。

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渡月橋には下を流れる桂川両岸の春うららかな景色を眺めたり写真を撮ったりする人たちがいました。

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嵐山には春にも秋にも何回となく来ていますが、昨年も今年も風もなく穏やかで暖かい観光日和でした。

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対岸は、瓦屋根の和風の建物の周りに白い桜、薄いピンクの桜、紅色の桜が咲いていて、何艘かの屋形船が静かな川面に浮かんでいて、古(いにしえ)の絵巻物のようなのどかで雅やかな眺めでした。

毎年4月上旬のこの時期は天候に恵まれ、京都観光も秋のシーズンと同じくらい混み合いますが、それだけ観光気分に浸ることができます。昨年の大学ゼミの同窓会を懐かしく思い出しながらの嵐山散策でした。

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2018年4月 3日 (火)

回想:最後の桃源郷 33ラカポシ

2013年4/12(金)、桃源郷への旅も帰路への旅となりました。この日の最終目的地のチラスに向かって、先ずはフンザの出口ともいえるラカポシ(7,788m)のビューポイントに向かいました。

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フンザをおさらばする時が迫ってきました。8時出発のため専用バスの屋根にスーツケースの荷揚げが始まりました。ここを拠点に「ハセガワメモリアルスクール」やいくつかの桃源郷を訪れ、楽しい思い出がたくさんできました。

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フンザ周辺の道はカラコルムハイウェイでは最もよく整備されていて快適な道でした。こんな道ばかりでしたら楽なのですが、反面面白味に欠けます。

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快適な道を走りながら、素晴らしい山を眺め、カラコルム山脈の深遠部からは少しづつ遠ざかりました。

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快適な道を走ったと思う間もなく、いたるところで工事に出会いました。山の中を走る長い長いカラコルムハイウェイが完全舗装されるまでには気の遠くなりそうな歳月がかかりそうで、しかし工事のほとんどは中国の協力で行っていて、あの万里の長城をつくってしまったお国柄ですからいつの間にかきっと完成するのではないかとも思えました。

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途中、小さな宝石が見つかるかもしれないという場所で宝探しが始まりました。最初はまさかという感じでお遊びの雰囲気だったのですが、本当に宝石のかけら(金額にすると大したことはないのですが)を1人が見つけると次第に熱を帯びてきました。しかしこんな道路脇で宝石のかけらが見つかるのですから、道路工事の時にはきっと工事よりも宝石探しに熱が入ったことだろうとも思われ、おかしくなりました。

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時々懐かしく思われる風景に出会いました。切り立った山の中腹の台地に家が建ち、畑が拓かれ、ポプラが植林されていて、灰褐色の岩肌に緑が鮮やかで、絵筆を撮りたくなるような風景でした。

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3時間近く走って、フンザ地域の最も外れの村にあるお土産屋でトイレ休憩と小休止しました。行く時にも休憩した場所で、その時は絵はがきなどを買いましたが、帰りはティーをいただいたり、最後のフンザ土産を買ったりしました。

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この休憩所はラカポシ(7,788m)の絶好のビューポイントで、行きでは雲に隠れていたラカポシも帰りは純白の美しい姿を見せてくれました。頭上から覆い被さってくるような迫力はヒマラヤのタサンビレッジから見たダウラギリ(8,167m)とよく似ていました。

往路と同じ道を走ったのですが、車窓に現れる景色は全く違って見え、新しい道を走っているような感覚でした。

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