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2018年5月27日 (日)

回想:チベット 慧海の足跡

4回ヒマラヤに通いネパール側からのエベレストを間近に見たのですが、チベット側からのエベレストも見てみたい。日本仏教のルーツで神秘的なイメージを持つチベットに行ってみたいと思っていたのですが、中国に圧政を受けている現状を見たくないし。心は千々に乱れていたのですが、今行かないともう一生行けないかもしれないという気がしてきて、2013.9/12(木)に出発することにしました。

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何となくのチベットへの憧れは、やはり河口慧海が1900年(明治33年)夏、仏教の原典を求めてチベットへ密入国したということによるものです。30kgの重荷を背負ってヒマラヤの峠を越えたというその足跡のかけらでも見てみたいという思いは強くなるばかりでした。

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(画像はダウラギリツアー 2011.1.31撮影) 慧海が辿ったネパール側の道は、2011年の年末から翌年の年始にかけてダウラギリ(8,167m 7位)を見に行ったときにジョムソン街道をカリガンダキ河に沿って歩き、慧海の足跡に触れました。

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(画像はダウラギリツアー 2011.1.31撮影) カリガンダキ河沿いにあるマルファという村~私はこの村で2012年の新しい年を迎えました~には慧海がしばらく滞在した住居が「河口慧海博物館」として保存されていました。慧海がチベット国境に向けてこのマルファ村の館を出発したのが今から110年前の1900.6.12だったそうです。慧海が滞在した宿は今でも十分使えるようで、ヒマラヤトレッキングで宿泊したロッジより快適そうでした。

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(画像は「遥かなるチベット」より転載 秘境ムスタンの都ロ・マンタンに向かって、背後に聳えるのはニルギリ・ヒマール) 「ヒマラヤ山脈の北側に展開するチベット高原は、空が圧倒的な迫力でのしかかってくるような広がりを見せ、大地は雪と岩からつくられ全体的に荒涼としている。南側はインド亜大陸に続くネパールの緑豊かなモンスーン気候地帯だが、北側はチベット高原の冷涼乾燥気候地帯なのだ。」(本文引用) と表現されています。

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(画像は「遥かなるチベット」より転載 マリユン・ラからチベット側を望む)  “A stranger in Tibet” というアメリカ人作家が書いた本の冒頭に 「1900.7.4探検の歴史は前例のない偉大な瞬間を迎えた。日本の若い禅僧、河口慧海がネパールからチベットに入ったのである。しかし、その場所はまったく不明で、今日に至ってもなお、誰もその地を特定できないでいる」 とありますが、現在わかっているのは1900.7.4河口慧海はここを一人でチベット側(マリユン・ツォ)に向かったということ。

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(画像は「遥かなるチベット」より転載 プランからコ(ル)チャ村へ向かう途中から眺めたチベット・ネパール国境に連なる山々) 今回予定しているツアーではチベット側からネパール・カトマンズに入ります。どのような光景が待ってくれているのでしょうか。

私は車で多分いとも簡単に国境を越えると思いますが、110年前に重い荷を背負って一人で歩いた慧海の姿は想像すらできません。

今までヒマラヤへは4回、延べ日数にして60日間くらい歩きました。今回チベット側からヒマラヤを見ることができればそろそろヒマラヤからは卒業してもいいかなとも思っています。

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