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2018年6月29日 (金)

回想チベット大縦断 10ラサ市 高度順応

9/15(日)ラサ市に到着しました。ラサ市は標高3,650mで富士山九合目くらいの高さですので、ここで連泊して高度順応のための休養をしました。

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青蔵鉄道は静かにラサ駅に滑り込みました。構内は広く、VIPのお出迎えでしょうか、トヨタのランドクルーザーが待機していました。

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車掌さんたちも長時間勤務を終えてほっとした様子でした。ここはチベット自治区の中心部ですので、制服姿の人にカメラを向けるとき、よほど注意しないととんでもないことになります。

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列車から降り、駅構内を出て振り返ったとき、小高い山を背にして聳え建つ駅舎の偉容に不気味なものを感じてしまいました。思い描いていたチベットのシンボルが、威圧的で、無機質で、人を寄せつけないような印象でした。駅、特に終着駅(ターミナル)は、人が出会ったり旅立ったり、人肌の温もりを感じさせるものですが、そういうものを一切排除して拒絶しているようにも感じられました。深いブルーの空と白い雲は、まぎれもなくチベットの空なのに。

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駅からホテルまでは専用車で移動しました。道路は広くよく整備されていて、道路の脇には中国国旗が数メートルおきに飾られていて、北朝鮮の軍事パレードでも行われるのではないかというような印象でした。思わずここがチベット?と思ってしまいました。 

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ホテル前の通りは、高層ビルはないもののよく整備されていて、どこにでもある中核都市の雰囲気で、街歩きをしてみようという気が一気に萎えてしまいました。

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何はともあれ、ホテルに落ち着きました。ツアーが始まってまだ4日目ですが、随分長い間旅に出ているような気がしていました。飛行機と車と列車で大移動して着いた先は、奥地というイメージではなく躍進中の都市的雰囲気でかなり戸惑いました。

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部屋に落ち着き外を見ると、向かいの建物との間に飾られたタルチョがはためいていました。整備された都市で、青空を背景にはためくタルチョは何となく虚しいものでした。

ラサ駅からめぬき通りを走り、車窓から見た街並みや中心部に位置するホテルまで、チベット自治区の中心部にたどり着いたという気がまったくしませんでした。街はよく整備され、塵一つないほど清潔でしたが、徹底的にコントロールされているような白々しさを感じてしまいました。

ラサのイメージはともかくとして、ここで2連泊して高度順応をするというのが今後の旅程上最も重要なことでした。ラサ市は富士山9合目くらいの標高ですので、富士登山であれば歩きながら高度順応できるのですが、私たちは標高2,275mの西寧から鉄道で一気にここまで上りましたので、慎重に高度順応する必要がありました。先ず、日中はできるだけ動き回らなければなりません。呼吸が浅くなる昼寝などは絶対禁物ですので、とりあえず街を歩きまわりました。夜は、12時間ごとに起きて深呼吸をし、トイレに行き、水分補給をしました。エベレスト街道のトレッキングでは室内にトイレがなかったのですが、今回はどこに宿泊してもトイレ付きでしたので天国でした。一日目は実際に眠りについて寝入ったかなと思うと息苦しさで目が覚めてしまいました。しかも悪い夢ばかり見てしまいました。さすがに2日目は楽に眠れるようになり、順調に高度順応できたようでした。

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2018年6月27日 (水)

回想チベット大縦断 09ラサへ

列車の揺れに任せて寝ている間に日付が9/14から15日に変わりました。唐古峠(5,072m)を越えてチベット自治区へと入っていきました。

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07:16 ぐっすり眠ってしまって7時前に目覚めました。車内にあった計器パネルと見ると列車は4,693mの高地を走っていました。

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07:32 窓の外はまだ夜明け前のようでした。氷河か冠雪した山か、列車は天空を走っているようでした。

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最も標高の高い峠の駅(5,072m)は、雪景色で北海道の原野を走っているような感覚でした。私の高度計も5,000mを超えていました。気圧調整がしっかりとされていましたのでほとんど息苦しさはありませんでした。標この最も高い駅で降りてみたいと思っていたのですが、列車はあっという間に通り過ぎました。

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08:06 私たちの朝食は8時という予定でした。メニューはおかゆを中心におかずの種類も多く、添乗員の田村さんも昆布やキュウリのキューちゃんや酢の物などを用意してくれましたので、美味しくしっかりと食べることができました。騒がしい中国人グループは、朝食はカップ麺(熱湯がいつでも利用できます)ですませているようで、とても静かな食堂車でした。

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09:40 雲か靄の切れ目にわずかに陽があたって、山肌が明るくなっていました。好天の気配でした。

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10:00 景色がめまぐるしく変わり、少しずつ青空がひろがってきました。高地を走っているために景色も天候も変化が激しいようです。

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10:47 列車はスピードを落としてある駅(駅の名前をメモするのを忘れました)で停車し、久しぶりに外気を吸いました。まだ標高が高い地点でしたので、空気は冷たく、ちょっと小走りすると息切れしました。睡眠は充分とれましたし、青い空と白い雲で爽快な気分でした。

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11:21 かなり山奥に入り込んだようで、山の姿もどっしりとしてきました。 

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11:28 あっという間にまた景色が変わりました。ちょっと走っただけで空の色が全く変わりました。 

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遠くにラサ市街が見えてきました。空は益々青くなり、大河はよほどきれいなのでしょう青空を映して碧く染まっていました。清浄な地域そのままのイメージでした。

列車は予定より15分くらい早くラサ駅に到着しました。23時間の長旅でしたが、景色は飽きることがなく、コンパートメントも快適でほとんど疲れは感じませんでした。

今回のツアーの最も大きな目的は何となくチベットを見てみたい、チベットの空気を吸ってみたいというもので、次に大きな目的はチョモランマ(エベレスト)を見ることと青蔵鉄道に乗車することでした。実際に乗ってみると自分は気圧調整とエアコンが効いたコンパートメントで、ゆったりとした寝台車で体を休めながら、しかし外の光景は雄大で、時には寒々しく、時には青空が広がって、よくもまあこんな天空の鉄道を敷設したものだと感心してしまいました。

一方では、硬座席(6人がけシート)で長時間揺られたであろう現地人(チベット族?)が、大きな荷物を抱えて疲れ切った表情で停車した駅に降り立つ姿を見ると、青蔵鉄道は生活路線でもあるわけで、チベットと天空列車のイメージがなかなか重なりませんでした。

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2018年6月25日 (月)

回想チベット大縦断 08青蔵鉄道 設備

夕食を終えて陽が沈んでしまいますと他の乗客も洗面したり就寝の準備をして少し賑やかだったのですが、潮の流れが引くように人の気配がなくなりましたので、列車の施設を見て回りました。

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私たちの車両は10号車で定員は32名となっていました。各コンパートメントは2段ベッド2列で4人定員の軟臥席、コンパートメントは8室ありましたので定員32名ということになります。これが硬臥席ですと各コンパートメント6人定員ですので、車両の定員は48人ということになります。

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コンパートメント内の22段のベッドにはきちんと番号がふってありました。これがないときっと席取りでトラブルが頻発するものと思われました。車掌さんが検札に来て座席番号確認やどこで下車するかなどチェックしていました。深夜に停車する駅もありそこで降りる乗客もいるそうで、車掌が起こしてくれたりするそうです。

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トイレは各車両に和式と洋式があり、比較的清潔でした。私たちは車両定員32名の軟臥席でしたので混み合うことはなかったのですが、硬臥席では48人、硬座席ではもっと定員が増えれば混雑が予想され、つくづく軟臥席でよかったと思いました。

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洗面所も比較的使いやすく、ちょうど添乗員の田村さんも洗面して就寝の準備をしていました。

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スーツケースなどの荷物置き場は適当なスペースに適当に置くというもので、私のピンクのスーツケースも何となく納まっていました。

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20:47 気持ちよくウトウトしていましたら、添乗員の田村さんにそろそろ停車して、駅に降りることができると言われましたので、とりあえず外気を吸うことにしました。それほど寒くも息苦しくもありませんでした。車掌さんとツーショットのつもりが、他の人も何となく並んで集団写真となってしまいました。車掌さん(概して若い)も写真OKの愛想のいい人と無断で撮ったら消去させられた無愛想な車掌さんとさまざまでした。

この後、再びベッドに潜り込み列車の揺れに任せてかなり深い眠りにつきました。列車は時々止まって、対向車とすれ違いのために時間停車をしている気配がしていました。

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2018年6月23日 (土)

回想チベット大縦断 07青蔵鉄道 夕暮れ

定刻の9/14(土)15:05に西寧駅を出発した青蔵鉄道は、ラサに向けてゆったりと走り始めました。揺れはあまり感じませんでした。

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17:27 送電線の鉄塔の周りにヤクかヤギか羊か、が群れていました。標高の高いヒマラヤ山中でしか見たことのないヤクが鉄塔の周りに集結していることが何となくおかしく面白く感じられました。

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18:05 窓外の景色はちょっと目を離すと刻々と変わり飽きることがありませんでした。青蔵鉄道のスピードはスローに感じ、もしかすると窓外の景色が広大なためにスピード感がないのかもしれません。

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18:08 そろそろ夕食の時間となり、“山形の鉄人” と同席しました。酒が飲めないのが残念そうでした。私たちの車両は10号車で隣の9号車が食堂車でしたので何かと便利でした。

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18:23 料理が運ばれてきました。ここまで2泊したホテルと同じように中華料理で、メニューは豊富で味もなかなかでした。添乗員の田村さんの食欲は旺盛で、食べるスピードも私たちより2倍くらい速く、頼もしい限りでした。食器は皿一枚と茶碗が一つだけですので種類が豊富な料理とご飯とスープを手際よく食べるコツが必要でした。

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18:41 食堂車の半分は私たち(16人)で、残り半分が中国人グループでした。その大声のうるさいことは、何事が起こったのかと思うほどでした。添乗員の田村さんが私たちに伝えたいメッセージがあったのですが、中国人グループがあまりにも騒がしいので諦めてしまいました。まるでケンカのようだと思っていましたら、若い男女が本当にケンカ口論していて二度ビックリでした。

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18:49 列車は車内の喧騒をよそに山並みを分け入るように淡々と走り続け、高度を上げているようでした。

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19:21 陽が山影に沈み、その残照が雲を白く浮き上がらせていました。列車の進行とともに空は青さを増してくるようで、これからの好天を予想させるものでほっとしつつありました。

すっかり陽が沈んだ20:00頃、ベッドに潜り込みました。高度は上がっているようで、気のせいか空気の薄さを感じている人と感じていない人とさまざまでした。飛行機と同じように車内は気圧調整されていますので、空気の薄さは感じないはずですが、密閉性は飛行機ほどには完全ではないようでした。旅の疲れかベッドに潜り込むと同時に寝入ってしまいました。

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2018年6月21日 (木)

回想チベット大縦断 06青蔵鉄道 乗車

ツアーの3日目(2013.9.14)の午後、待ちに待った青蔵鉄道に乗車となりました。

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14:31(現地時間 以下同じ) 西寧駅の構内にはラサ行きの青蔵鉄道に乗ろうという乗客で構内は賑やかでした。改札口を通るときパスポートの提示を求められました。

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14:37 乗車まではまだ時間がありましたので、自分の写真を撮ってもらいました。カメラを向けるとき、うっかりして公安関係の建物や人が写ってしまうとカメラの没収や画像の消去を求められるおそれがありますのでかなり気を使いました。

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14:51 乗車が始まりました。パスポートと乗車券の提示を求められ慌てている人もいました。

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客車は16両連結でしたからちょうど日本の新幹線と同じくらいの長さでした。 

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私たちは軟臥席を予約することができ、これはかなりラッキーなことであったことが後でわかりました。コンパートメント内は固定式の2段ベッドになっていますので、就寝時以外は4人が下段のベッドを座席代わりに使うことになっていました。ベッドにはカーテンがありませんので女性には少し抵抗があるかもしれませんでした。

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コンパートメントがある車両の通路は、どこの国の列車でも同じようなつくりになっていました。窓が広いので、広大な景色が楽しめそうでした。

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14:57 発車まで8分間の時間がありましたので、先頭の機関車を見に行きました。標高が富士山五合目と同じくらいでしたので、慌てて走るとちょっと息切れしました。

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15:05 いよいよ23時間半の列車の旅の出発です。私は下段のベッドで進行方向に正対する席に落ち着きました。寝台車に乗るのは何年ぶりかあるいは何十年ぶりかで、修学旅行の時のように気持ちははしゃいでいましたが、寝たままで5,000mを越えて大丈夫かなという不安もありました。

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16:41 同じコンパートメントには、添乗員の田村さんや “山形の鉄人” が一緒でした。現地ガイドの才さんは、周りを気にしながらもしばらくいろいろな話を聞かせてくれました。例えば、チベット族にはパスポートがもらえないとのことで、自由に海外に行くことができないという制約というか差別を受けているそうです。一度だけ日本に来たことがあり、それは日本の旅行会社の招待によるものだったそうです。 

西寧からラサへの列車は定刻通りに15:05出発しました。座席について説明しますと、軟臥席というのは上下2段の4人定員の席で、硬臥席は3段ベッドで6人定員です。軟座席はベッドなしの4人席、硬座席はベッドなしの6人席ですので、ベッドなしで23時間も乗るのはかなり苦痛に思われました。しかしベッドつきでも6人定員(硬臥席)では、3段ベッドも窮屈ですし、就寝時以外に3人づつ向かい合って坐るのもかなり窮屈に思われました。同じ西遊旅行社の別ツアーのグループは硬臥席だったそうで、なかなか軟臥席はとれなとのことで、軟臥席で移動した私たちはかなりラッキーとのことでした。

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2018年6月19日 (火)

紫陽花百景

6/17(日) 開成町(神奈川県足柄上群開成町)の「あじさいまつり(6/96/17)」にカミさん、のんちゃん、私の3人で出かけました。 

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あじさいまつりの会場に小田急線の開成駅からシャトルバスが出ているのですが、私たちは一つ手前の新松田という駅で下車して歩いて向かいました。途中酒匂川(さかわがわ)を越えました。酒匂川は丹沢山地と箱根山の間を抜け小田原市で相模湾に注いでいます。6/1から鮎釣りが解禁になりましたので、河の中のあちこちに釣り師の姿が見られました。

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今年は鮎の魚影はとても濃いそうです。釣り師は「友釣り」という、おとり鮎を泳がせて縄張りを主張する他の鮎を釣る独特の手法で、ある程度の技術が必要な釣り方で釣っていて、あちこちで釣り上げた鮎を網で掬っていました。河の中に入っておとり鮎を操る姿は梅雨時から夏にかけての風物詩となっています。

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会場の入口にJAの直売場があって、梅干し用の梅がダンボール一箱単位で売られていて梅の酸味をおびた爽やかな香りが充満していました。これも梅雨時の風物詩といえます。

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のんびり歩いて30分くらい、開成町の水田地帯が「あじさいまつり」の会場です。この時期鎌倉や箱根を歩けばあちこちで紫陽花を見ることができますが、緑が植えられた広々とした水田を縁取るように咲いている紫陽花もいいものです。

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お茶畑の鮮やかな緑と紫陽花の彩りがお互いに引き立て合って、目にも気持ちにも優しく映りました。

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今の時期の旬の花は紫陽花だけではありません。菖蒲(しょうぶ)と菖蒲(あやめ)は同じ漢字で見た目も似ているので見分け方が難しいのですが、あやめは畑のような乾燥地で咲き、菖蒲(しょうぶ)は乾燥地でも咲きますがどちらかというと水辺など湿地帯に咲くそうです。どちらにしても梅雨時のうっとうしい時期にこの艶やかな姿を見れば気持ちもしっとりとした気分になります。

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私たち夫婦とのんちゃんの3人で、今まで随分あちこち出かけました。吉野や伊勢に出かけたり箱根旧道を歩いたり、気心が知れている同士の旅やそぞろ歩きはとても楽しいものです。

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紫陽花の色も形もさまざまで、地上にぱっと開いた花火のようでもありますし「百色繚乱」です。

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広さは東京ドーム3.6個分とか、ここに5,000株の紫陽花が水田を彩っています。バックには丹沢の山々が見えています。 

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この地域で紫陽花が植えられたのは農家の皆さんが畑仕事を楽しめるようにということから始まったそうです。それがいつしかこんな大がかりになってしまったようですが、開けた場所に点在する紫陽花巡りは気分も開放されていいものです。

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これは背の低いヒマワリでしょうか。ここで畑仕事をしている人たちの心持ちが伝わってくるようで、楽しい気分になりました。

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鮮やかなブルー。

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唯一名前を覚えた「ダンスパーティ」という品種。

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田圃を縁取っている白い紫陽花。

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夫婦あるいはそうでなくても、梅雨も一休みの休日に二人連れでのんびりと歩くのも幸せですね。

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この日は「あじさいまつり」 の最終日でした。多くの紫陽花は最盛期を過ぎつつあり花の命は本当に短いです。

お昼近くまでブラブラと散策し、駅に戻って昼食を買って電車の中で食べながら帰路につきました。以前にも書いたのですが、たくさんの花や美しいものを見るとアドレナリンが発生するそうです。いわゆる興奮状態になるそうですが、どういうわけかこの日の夜は心地よい眠りに誘われました。

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2018年6月17日 (日)

丹沢登山紀 19回目 花と遊んで

6/13(水) 梅雨時なのですが、雨が降りそうもない日を選んで今月3回目に丹沢登山に出かけました。

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どんよりとした曇り空でしたが、熱心な常連さんを中心にしてこの日もバス1台分の登山客が集結しました。それぞれ身支度をして、はやる気持ちにせき立てられるようにあるいははやる気持ちを抑えて、それぞれに歩き始めるのです。

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平日には珍しく若い女性2人がダッシュしながら追い越していきました。そして急坂が終わったところでは赤い顔をして一休みしてまたダッシュをくり返し、私を追い越したり私に追い越されたりをくり返して、頂上近くでは霧の中に消えて行きました。

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登るにつれて霧が濃くなってきました。若いカップルが前を歩いていましたが、やはり霧の中に消えていきました。

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足元には黄色い花や白い花、赤と白の花たちが、その姿を見て下さいと自己主張しているかのように咲いていました。赤と白のあめ玉が集まったような花はシモツケ? 

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登るにつれて霧はますます濃くなり、急に人影が目の前に浮かんできたりもしました。霧に包まれて黙々と歩いていました。

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山頂に近くなるにつれて霧は深くなり、山頂ではまったく何も見えなくなりました。

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富士山をはじめ周りの山々もまったく見通せなくなっても、名前が確認できた花やわからない花、色とりどりの花がこっちを振り向いてと声をかけてくれているようでした。 

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霧に向かって黙々と登ってゆく人を見守るかのように咲いている黄色い花。黄色いタンポポのような花も何種類かあり、それぞれ名前を持っています。

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下山するにつれて霧は濃くなるだけではなく密度を持ってきて、何もかもがびっしょりになってきました。登ってくる人たちもまるでサウナに入っているようだとぼやいていました。それでも山頂を目指して登っていきました。

湿度100%状態の霧に包まれ蒸し暑く、身体の外は霧雨で中は汗でずぶ濡れになりました。最悪のコンディションでしたが、色とりどりの花が遊んでくれました。

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2018年6月16日 (土)

丹沢登山紀 18回目 雲と競争

6/8(金) 関東地方の梅雨入り宣言が出されたのですが、今年の梅雨は陽性の梅雨とかで晴れ間がでましたので6月に入って2回目の丹沢登山に行きました。

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07:21 登山口の大倉(バス停)には登山カードのボックスがあり、登山前に提出してから登り始めます。

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登山カード(登山届)には住所や名前などと登山コースを記入します。登山コースにはいくつかのコースがあり、今まで大体のコースを歩ました。最近はほとんど大倉~花立~塔ノ岳コースばかりになっています。他に丹沢は沢登りのメッカでもあるのですが、沢登りは道に迷いそうですしマムシがいたり熊に会いそうなのでしたことがありません。

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09:01 登り始めて1時間40分、最初に富士山が見える地点では梅雨とは思えないような青空でしたが、富士山の手前には雲がわいてきていました。

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09:33 しばらく登ってゆくと、雲がはっきりとしてきてまるではぐれ雲のような一つの雲が上昇気流に乗ったかのように山頂に向かって浮き上がっていました。ここから先は富士山が雲に隠れてしまう前に登頂できるかどうか、雲との競争になりました。

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10:16 何とか富士山が雲に覆われてしまう前に登頂しました。この後、30分もすれば富士山はすっかり雲の中になります。今年はこの富士山に登ろうかどうしようか日々迷っているところです。

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雲と追いかけっこして登頂した後は、最近目覚めたフラワーウオッチングを楽しみながらの下山となりました。この花はニガナ? ガイドブック「丹沢に咲く花」を見ると同じような花びらと色の花がたくさんあることがわかりました。

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ウツギがあちこちの山道に一斉に白い花を咲かせていました。桜やツツジの時期が過ぎても山道を白く飾ってくれていました。

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ガイドブックによればウツギにはいろいろな色と種類があるそうで、このルートでは同じ種類のウツギ一色です。離れてみると白い塊なのですが、近づいてみると花びらは透き通るような白でそれぞれが黄色い花心を持っていて個性を持っています。

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下るにつれて陽が射してきて、緑の葉は日射しを受けてキラキラと輝いていました。春から夏にかけての命の輝きのようでもあり、思わず何回も何回も深呼吸してしまいました。

丹沢登山(塔ノ岳コース)は今や散歩代わりになりつつあります。山も富士山も森も草花も四季折々の表情を見せてくれますし、人生の伴奏者のような感じになりつつあります。

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2018年6月14日 (木)

丹沢登山紀 17回目 ボッカ駅伝

6/3(日) 6月に入って初めての丹沢登山に行きました。いつ梅雨入り宣言が出されてもおかしくはないのですが天気は快晴でした。

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いつものように小田急線渋沢駅で降りたって、始発バス(06:48)を待つ人の行列の長さにビックリしました。梅雨入り間近ということで、貴重な好天気に誘われたのでしょうか。定刻より10分早く臨時バスが来ました。

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07:54 いつもより10分早く06:50に登り始めて2つめの山小屋見晴茶屋の手前にさしかかると、「丹沢ボッカ駅伝競走大会 第2区中継所」という幕がかかっていました。レースが開催されているようでした。ボッカとは「歩荷」ともいい、人が背中に荷物を背負って歩いて山などの自然の中を運ぶことです。

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(インターネットより転載) ボッカ駅伝は大倉バス停(登山口)から花立山荘までの距離6,187m、標高差1,010mを競うものです。

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08:47 4つめの山小屋堀山ノ家が第4中継所になっていました。中継所間の距離はそれほど長くはないのですが、それぞれ難所がありその急坂を駆け登ったり重い荷物を背負って登るのは想像するだけでうんざりします。駅伝のコースはそのまま登山コースで、やはり四区の堀山ノ家から花立山荘までの距離1,185m、標高差350mは普通に登っても辛く感じるところです。

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丹沢(塔ノ岳コース)は別名バカ尾根とも呼ばれ急坂が多いのですが、中でも四区にあたる花立山荘手前のこの急坂は最も辛い難所です。まだ駅伝ランナーが駆け上がってきていませんので登山客はマイペースで登っていました。

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09:34 急坂を登りきった花立山荘がゴールになっていました。私は登山口からここまで大体2時間半かかっています。

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花立山荘の第四中継所ではボランティアの皆さんが待機していました。既にここで待機しているということはボランティアの皆さんは余程早く登り始めたと思われました。お疲れさまです!

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10:50山頂に着きました。最近はほぼ3時間(標準コース時間は3時間半)で登れるようになりました。花立山荘から山頂までの区間は駅伝コースになっていませんでしたのでのんびりとした雰囲気でした。白い雲が左から右へと流れているものの青空が広がっていました。

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次々発生する白い雲がちょうど富士山を隠していました。

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下山すると、駅伝のゴールになっている花立山荘は駆け登ってきた選手達で賑やかでした。さすがにそのスタイルは登山スタイルではなくランニングスタイルでした。

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塔ノ岳コースで最もキツい急坂を重い荷物を背負った選手達が駆け登ってきました。

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1チーム4人編成で社会人から高校生まで105チームが参加していて、中には「江戸くノ一組」や「走る!婦人達」という女性チームもあります。

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ボッカ(歩荷)駅伝ですので、荷物を背負ってチーム(4人)でのレースで、重さによって4つのクラスに別れています。最も重い荷40kgを背負うAクラスは大変そうでした。サポーターがそばについていました。

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サポーターは、ランナーの頭に水をかけたり飲ましたりしながら声を出して激励したりして、サポーターも大変そうでした。

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ほとんどの選手が駆け登った後、山道は静けさを取り戻しました。緑は輝いていて、濃さを増した緑の間から時々静けさを打ち破るように早くも蝉の声も聞こえてきました。

思いがけずに山を駆け登る駅伝レースを目前にしました。丹沢山は神奈川県で最も人気の高い山といわれているのですが、これほど走る人、登る人、それを支える人が多いとは思ってもいませんでした。

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2018年6月12日 (火)

回想チベット大縦断 05タール寺

ツアーの3日目(2013.9.14)の午前中、ゲルク派六大寺院のひとつタール寺を訪れました。

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前日、西寧で合流したチベット族の才さんとは、中国国境を越えるまで一緒で、その間盗聴や公安の監視の目を気にしながらさまざまな微妙な話もしました。

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チベット仏教には4つの主要な宗派があり、その中でも最大の勢力であるゲルク派のタール寺を訪れました。周りはお土産物屋やさまざまな店が軒を連ねていて、大きな門前町となっていました。

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タール寺本殿は、要塞のように丘の上に堂々と聳えていました。本殿や建物内部の写真は有料となっていましたので一切撮影しませんでした。

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歴代のダライ・ラマやもう一方の宗教的指導者パンチェン・ラマはゲルク派出身であり、ゲルク派の僧侶の数も最も多く、それ故に中国のチベット侵攻に伴って最も厳しく弾圧されたとのことです。

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初めて目にした “五体投地” 。 五体投地とは両手・・両膝・額を地面に投げ伏して、仏や高僧などを礼拝することで、仏教において最も丁寧な礼拝方法の一つとされていて、対象への絶対的な帰依を表すそうです。無償の犠牲的参拝を実際目にしてみると、何とも表現しようありませんでした。

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境内に入りますと、仏舎利殿の入口でも五体投地が行われていました。一生のうちに10万回行うことが目標とのことですが、よほど強い信仰心がなければとても無理そうで、日本のお百度参りどころの話ではありません。

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日本の古刹といえば、高野山金剛峰寺、越前永平寺、比叡山延暦寺などなど思い浮かび、木肌一色のモノトーンの世界ですが、こちらは極彩色の曼荼羅の世界のようでした。

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タール寺見学の後、「青海省博物館」を訪れ、少数民族の衣装や出土された文物、チベット仏教の仏像、曼荼羅など厖大な量の品々や資料を見て、いささかグッタリしてしまいました。

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特筆すべきは、この巨大な博物館は、トヨタ自動車関連の愛知県小島プレス工業㈱社長の小島鐐次郎氏の資金援助によって建設されたそうです。少数民族についての膨大な量の展示物を見てみると、小島氏がどういう気持ち、意図でこの博物館を建設したのかなんとなくわかるような気がしました。

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午前中タール寺と青海省博物館を見学した後、昼食の卓を囲みました。午後からは青蔵鉄道に乗り、夜中には5,000mの峠を越える予定でしたので、ビールを飲むのは我慢しました。それにしてもおかずはたくさんありスープもあるのですが、お茶碗一つとお皿が一枚しかなく、要領よく食べるまでに時間がかかりました。

初めてチベット仏教の主要な寺院の一つタール寺を訪れ、目の前での五体投地の洗礼を受けてようやくチベット圏に入ったという実感がわいてきました。チベットを旅するということは、そのかなりの部分をチベット仏教のお寺を訪ねることが占めることかもしれません。

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2018年6月10日 (日)

回想チベット大縦断 04西寧市宿泊

ツアーの3日目(9/14)、青海省の中心都市西寧市に到着しました。標高は2,275mで、富士山の五合目くらいの高地です。

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大きなモスクが見え、中国にいる気がしなくてシルクロードっぽい雰囲気でした。

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時間は17:30(現地時間)で、ちょうど礼拝が始まるとのことでしたので見物に出かけました。

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門をくぐって、礼拝堂の入口までは入ることができましたが、ここから先は信者以外は入れませんでした。頭にイスラム教徒独特の白い帽子をかぶったおじさんたちが集まっていました。この帽子はすぐに脱げそうに見えるのですが、伸縮性がありなかなか脱げないということがわかりました。

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ガイドの才さんを通じてイスラム教の教義を聞いたりしたのですが、唯一絶対の神「アッラー」を信奉する一神教で偶像崇拝を禁じているということで、神様も仏様も、山でも樹木でも石でさえも、何でも信仰の対象として縋ってしまう私たちとではまるで異なる民族であることがわかりました。実際に面と向かって話してみると気のいいおじさんたちばかりで、イスラム教の過激なイメージとはほど遠いものでした。

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モスクからホテルまでめぬき通りを移動しました。中国に入ってから感じていることですが、どこへ行っても車が多く、これでは石油はいくらあっても足りないだろうなあとよそ事ながら思ってしまいました。

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西寧市中心部にはやたらでっかいビルが建ち並んでいて、2日間かけて中国奥地に入ってきたという実感が伴いませんでした。

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市内の中華料理屋で夕食としました。ここは富士山五合目と同じくらいの2,300m近くの高地で、翌日からは5,000mを越えますのでしばらくはアルコール禁止となり、名残のビールを味わいました。

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食事は、中国領ですのでラサでのチベット鍋以外は全て中華料理でした。味は普通の中華料理で違和感はなく、野菜中心でしたので胃への負担は少なく感じました。

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食後夜の街を散策しました。概して朝遅く、夜は遅くまで活動しているようで、灯りは煌々とついていて、エネルギーが大変だろうなあと思ってしまいました。まあ東京も同じようなものですが。

料理はどこでも10品前後で、他にご飯とスープがでました。日本のように取り皿はなく、一枚のお皿と一つの茶碗で、料理とスープとご飯をいただくというものでした。ガイドさんを含めて総勢16人でしたから、8人の円卓2つを囲みました。

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2018年6月 8日 (金)

回想チベット大縦断 03蘭州~西寧

予定では広州から西寧まで飛行機で一っ飛びだったのですが、蘭州までしか飛ばないとのことで、蘭州からは専用バスでの移動となりました。

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蘭州から中国とネパールの国境までは現地ガイドの「才」さんが案内してくれることになりました。チベット族出身で日本語が上手で、冗談は通じるしとてもいい人でした。ずっとお世話になりました。

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車移動ですとこういうチベット的光景を見ることができましたので、飛行機で飛んでしまうより楽しく感じました。

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蘭州から西寧まではおよそ150kmのみちのりで、ほとんどが高速道路を走りました。高速道路網は非常に発達していました。

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高速道路の料金所は日本と同じようなものでしたが、ETCは導入されていませんでした。その代わり日本と違ってとても若い女性がきびきびと働いていました。カメラを向けるときつい目線で睨まれましたし、ガイドさんからはうっかり警察や軍の人も写ってしまうおそれがあるので写真は注意してくださいと釘を刺されました。

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料金所を境に甘粛省から青海省に入りました。青海省の人口は539万人で、広州市の約1,000万人より人口は約半分と少ないのです。

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青海省で入ったトイレには「向前一小歩 文明一大歩」という標語が目の前に掲げられていました。男性なら何となく意味のわかるこの漢字、やはり中国は標語とスローガンの国でした。

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高速道路を走っていて、山というか巨大な岩山というか、その麓に突如としてこれまた巨大なマンション群がしばしば現れました。中国は人口が多いといっても、マンションは決して安いものではないでしょうし、一体誰が購入して住むのだろうかとしばしば頭をかしげてしまいました。

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西寧市内に入りますとマンション建設ラッシュはますます加速しているようでした。

青海省の省都西寧市の人口は250万人で、青海省の人口の約半分が西寧に集中しています。突如現れるマンション群を見ているとチベットを旅するという秘境的気分がなかなかわいてきませんでした。

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2018年6月 6日 (水)

回想チベット大縦断 02広州~蘭州

9/13(金)のツアー2日目は、再び飛行機で蘭州へと向かいました。時差は日本時間が中国時間より1時間早く、このくらいの時差であれば何かと楽でした。

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前日は夜、広州市に着きましたので街の様子はわかりませんでした。一夜明けて、05:00(日本時間06:00)に起床、ホテル出発が06:00とこの日も慌ただしく、ゆっくりと街並を眺めるゆとりはありませんでした。

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眠い目をこすりながら、高速道路を専用車で広州空港へ向けて走りました。街並はうっすらとしたモヤかスモッグかに烟っていました。

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広州空港のゲートに着きました。広州市は人口1,200万人で、北京市、上海市に次いで中国で3番目に人口の多い都市です。広州市が属する広東省は人口約1億人とか、いやはや!

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飛行場内の掃除用具には、「小心地滑」という標語が掲げられていました。“滑りやすいので気をつけてください” と何となく意味がわかる四文字でした。中国は漢字の国であり、日本は漢字の他にカタカナやひらがなを持つ便利で多様化した国であることを実感しました。

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広州でお世話になったガイドさんです。名は伏せますが蒙古族です。それ故か某国の悪口をかなりはっきりと言っていて、盗聴されたらまずいだろうなと思ってしまいました。最近は景気が減速しているとのことでした。

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中国南方航空で広州空港から蘭州へと飛びました。当初の予定では青海鉄道の始発駅の西寧まで飛ぶはずだったのですが、急に欠航(乗客数が少ないのでやめたのではないかというもっぱらの噂でした)となり、蘭州から西寧までは車移動となりました。

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蘭州までのフライトの楽しみはヒマラヤを空から見ることで、バッチリと捉えることができました。

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蘭州に近づくにつれ、冠雪のない山々が姿を現しました。

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蘭州空港で昼食をとりました。次の日からはアルコール禁止となりますので、早速ビールでノドを潤しました。

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蘭州空港前の広場。この先どこへ行っても「五星紅旗」を目にすることになりました。

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蘭州空港は増築中でした。景気減速をくい止めようと、中国政府はインフラ整備に巨額の資金を注入しているようです。

成田を出発してあれよあれよという間に巨大都市を経由しました。人口の多さを聞いてもまだ実感が伴いませんでした。

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2018年6月 4日 (月)

回想チベット大縦断 01成田~広州

2013.9.12(木)に成田を出発して13日間の「チベット大縦断」が始まりました。 

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9/12(木)10:30、横浜バスターミナル(YCAT)から成田に向けて出発しました。

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YCATYOKOHAMA City Air Terminal)を出発したバスはやがてベイブリッジを渡り、首都高速へと入り、首都圏を通過して成田へ向かいました。今回は出発前になってもあまり盛り上がらないというか緊張感に欠けていたのですが、バスに揺られているうちにだんだん緊張感が増してきて、次第に“さあ行くぞ!”という気になってきました。

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集合時間が13:50で、出発便が15:50で、ゆったりとした予定でしたので、定番となったビールと鮨で昼食にしました。今回のツアーでは高地順応を兼ねて徐々に高度を上げ、最終的には5,000mを越えるエベレストベースキャンプまで上りますので、アルコール類は最初の2日間と最後の4日間しか口にすることができません。一杯のビールをじっくりと味わいました。

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13:57 搭乗手続きを済ませ、スーツケースを預けて身軽になりました。今回のツアーは東京・成田から10人、大阪・関空から5人の15人で高地ツアーにしては大人数です。いずれも初対面(説明会では数人の方と顔を合わせました)で、どういう方々なのか興味津々の期待と不安が入り交じった瞬間でした。

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17:39 予定より20分遅れのフライトとなりました。中国系の飛行機は落ちるまで飛ばすと聞いていましたので、まあ多少遅れても安全に目的地に着陸してくれることを祈るばかりでした。機内食はまあまあお美味しかったです。

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21:50 予定より20分遅れで中国広州空港に着陸し、4時間40分のフライトはあっという間でした。雨が降った後で大気汚染も少しおさまったようで、夜の空港は何となくロマンティックでした。

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00:31 日本時間では12時を廻りましたが、時差が1時間ですので現地時間では11:31分、ホテルにチェックインしました。直前になって予定していたホテルが理由もなくキャンセルになってこのホテルに変更になったそうです。闇と灯りはいろいろな欠点を隠してくれるようで、とにもかくにも異国の地のホテルの窓から眺める夜景はいいものです。 

この年(2013年)の春のパキスタン・フンザツアーは北京経由で、往復とも機内待機で地面に降りませんでしたが、今回初めて中国の地を踏みました。着いたのが夜遅く、ようやく真夜中にホテルに落ち着きほっとしました。持参したウィスキー(スーツケースにしのばせました)を軽く一杯ひっかけて翌日からの行動に備えて眠りにつきました。

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2018年6月 2日 (土)

丹沢登山紀 16回目 花の名前・・・

5/27(日) 今月6回目の丹沢登山。地上の天気予報は曇のち晴でしたが山の天気は霧となっていました。雨さえ降らなければ梅雨入りの前に少しでも多く登りたいと出かけました。登り溜めというやつです。

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登り始めてすぐの登山道のわけに野いちごが実を付けていました。地元の常連さんは甘いよ!といって口にしていましたが、毒性のある野生のイチゴかもしれないし、耐性のある常連さんは大丈夫でもヤワな私には危ないかもしれないと私は遠慮しました。

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かなり登った花立山荘手前の岩場あたりでヤマツツジが咲いていました。花の命は短いのですが、自然界では新しい命が次々に芽吹いてもいます。

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この日は、天気予報はあまり良くなかったのですが日曜日でしたので若者たちの姿を多く見かけました。霧に包まれようが富士山が見えなくても楽しそうな嬌声があちこちで!

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10:02 山頂に着くと霧や雲やで眼の前の山の姿しか見えず富士山はまったく雲の中でした。

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富士山が見えなくても(よくあることですので)、登頂した達成感は味わえます。グループ連れの人も多く賑やかでした。

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下山の時には、時間が経つにつれて雲が少しずつ消えて薄い青空が見えてきました。緑も日増しに濃くなっているようでした。

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直径1cmにも満たない紫色の小さな花。花のガイドブック「丹沢に咲く花」で調べたのですが掲載されていませんでした。名前を呼んであげられないのが可哀想でした。

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足元の黄色い花は「イワニガナ」で別名「地縛り」といわれていて、その名前の由来は茎が地面を縛るように這って広がることからつけられそうです。タンポポに似ているのですが、花びらがまばらなのが特徴です。思いっきり陽を浴びていました。

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同じように見えるこの黄色い花は「オオジシバリ(大地縛り)」。この花もタンポポに似ているのですが、よく見ると花びらがまばらで「イワニガナ」より花びらが水平です。花にもいろいろ個性があります。

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「イワニガナ」や「オオジシバリ」と同じような花びらの形ですが、花びらの少ないこの黄色い花は本のガイドブックにも出ていませんでした。

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黄色い5枚の花びらを持つこの花は「ツルキンバイ」。名前がわかってよかった!

花の名前を知ると今まで見過ごしていた花が急に目につくようになりました。今まで山頂に早く着きたいという気持ちがあり、花を見つけたり写真に撮ったりとすればそれなりに時間がかかりますのであえて花を無視していたのではないかと思ってもいます。「雑草」という名前の花はないと誰かが言っていましたが、花の名前を知れば、逆に名前がわからない花は可哀想でもあります。

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