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2018年7月18日 (水)

回想チベット大縦断 18サキャ南寺

8/19(木)は、ツォー・ラ(峠:4,500m)を越えて要塞のようなサキャ南寺を目指しました。 

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チョモランマ(エベレストの中国名)のB.C(ベースキャンプ)に向かう中ネ公路を外れ、着いた街は噴火で埋まる前のポンペイ遺跡のような古代ローマの遺跡のような不思議な雰囲気を持っていました。

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小さな子を交えた敬虔な信者さんが出入りしていました。このお寺は1,268年に建立され、以来綿々と篤い信仰を集めて今日に至っているようです。

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このサキャ南寺は、よく “要塞のような” という表現が使われ、実際に防御を重視した要塞のような城砦であり、またそういう構造のために1960年代から始まった「文化大革命」による破壊を免れました。

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入口も城砦そのものです。このサキャ南寺の “サキャ” という名前は、チベット仏教四大宗派の一つサキャ派からきています。古くはモンゴルのフビライ(第5代大ハーン)やマルコ・ポーロとも関わりがあり、歴史の一コマを感じさせられました。こんなところに “TOYOTA” が。

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この建物の内部には膨大な量の経典やチベット仏教にとって宝物ともいえる仏像や資料が蓄積されていて、門外漢の私でもずっしりと歴史そのものの重みを感じることができました。

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サキャ南寺に対して北寺があり、その北寺へ通じる道は建築中のホテルやレストランが多く、路上の瓦礫っぽいコンクリートの固まりなどを見ているとまるで発掘中の遺跡のようでした。

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丘の中腹にうち捨てられたようなお寺の残骸があり、この北寺は文化大革命によって完全に破壊されたそうです。南寺より北寺の方が規模が大きく、保存されていた経典や仏像なども北寺の方が多かったそうで、いかに文化大革命による破壊行為がキチガイじみたものであったかということを実感しました。

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幹線道路からこのサキャ寺へと通じる道には“ここを支配していることを誇示するようにたくさんの国旗が飾られていました。よっぽど国旗が好きなお国のようです。

チベットに何回も足を運んだ渡辺一枝さん(作家椎名誠の奥様)は「消されゆくチベット」で、“チベットの寺院が徹底的に破壊されたのは中国建国後のチベット支配、宗教弾圧と、さらに1966年から始まった文化大革命によってのことだ。私は中国人の蛮行を憎む。” と書いています。もし理念や思想、教義が異なってもその文化的な価値を認めて破壊せず文化財として残していたら中国という国は名実ともに大国と呼ばれるに相応しい国として世界から尊敬を集めていただろうに、歴史は遡ることはできないし、もう世界から尊敬されることはないだろうななどと思ったりもしました。

この日まで何ヶ所かのチベット仏教寺院を見てきましたが、その奥深さというか分厚さというかに圧倒されました。かつて河口慧海がチベットに密入国した理由がわかるような気がしました。それにしても残念なのはネパール側のヒマラヤでは何ヶ所か見ることができた河口慧海の足跡がチベットでは皆無であり、それもそのはず密入国ですから無理もないことです。

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