« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018年9月29日 (土)

丹沢登山紀 夏過ぎて

9/28(金) 久しぶりに27回目となる丹沢登山に行きました。7/10の丹沢登山以来のブログ登場となりました。今夏は、8/199/169/23と挑戦したのですが、猛暑のために途中で挫折しました。前回9/23(日)は、少し涼しくなったかなと思って出かけたのですが、足腰が完全に弱っていてこの時も8合目の花立山荘から引き返しました。

01
この日は、この日だけ晴で今週末は台風で大荒れという天気予報のせいか、平日でしたがどっと登山客が押しかけました。始発バス(他にもマイカーの人たちもたくさん)を降りて、久しぶりの青空登山に皆さんも私もはやる気持ちを抑えて身支度しました。

02
登り始めて30分くらいの樹林帯ではこんなに登山客の列を見ることはないのですが、どっと同じようなペースで登り始めました。

03
健脚の人そうでない人とペースが違いますので隊列は少しずつバラケできました。紅葉の廊下はまだ青々としていますが、少しずつ黄葉の準備をしていて、その頃になると本格的な登山シーズンとなります。

04
表尾根の稜線もくっきりと見えました。あちらの表尾根コースにも、天気に誘われた登山者が汗を流していることと思われました。

05
花立山荘手前から見た富士山。中腹には白い雲が流れ、上空には薄墨のような雲が舞っていました。登頂するまでに富士山が雲に隠されなければいいのですが。急ぎたい気持ちはありましたが、この日はどんなに時間をかかっても登頂したいと思いましたので、ペースをじっと守って山頂を目指しました。 

06
最大の難所、花立山荘手前のバカ尾根を登りきって、さらに少し登ると別の山に来たように道は開けます。ここから眺める青空が好きなのですが、薄墨の雲が低く舞っていました。ここから先は数ヶ月ぶりで脚がだいぶ重くなりましたが、ここまでくればもう一頑張り。

07
最後のステップはどんなに苦しくても一歩一歩ステップを登ればそこは山頂で、青空が待っていました。

08
まったく久しぶりの登頂気分でした。風は涼しく気分は最高でした。かかった時間は3時間15分でした。調子がいいときは3時間、コースタイム(標準時間)は3時間半ですので、まあまあのペースでした。 

09
久しぶりの参拝でした。お百度参りとはいきませんが、できるだけ多くここで手を合わせたいものです。

10
富士山は、流れる雲に隠れたり現れたりをくり返していましたが間に合いました。下山とともにスッポリと雲の中に入ってしまいました。

11
登山中と下山中にいくつかの花を見つけました。これはセンブリで、キリッとした鋭角的な花びらが好きです。古くから胃腸薬として利用されていて、千回振ってもまだ苦いことが名前の由来です。 

12
リンドウは、根が生薬「竜肝」のように苦いのが名の由来で、根茎を乾燥に薬用します。 

13
ノコンギク。山の麓から山の上までごく普通に見られる野菊で、肉眼ではもう少し紫色が濃くて鮮やかでハッと目をひくのですが。 

14
ホトトギス。模様が鳥のホトトギスの胸の模様に似ているのが名前の由来です。

ほぼ2ヶ月くらい山に登らない状態が続いたのですが、運動しないときの体力、特に足腰の衰えには愕然としました。少し急登の道になると足が全然上がらないのです。今回山頂まで頑張ってようやく身体が以前の脚の運びを思い出しましたが、下山が大変でした。急な下りを無理すると膝を痛めそうでした。これから季節がよくなりますので、無理しないで登りたいと思います。10月には再び上高地に行く予定にしていて、その時にはひとつくらい山に登りたいと思っています。

| | コメント (0)

2018年9月27日 (木)

上高地散策 08青空

9/3(月) 徳澤園の夕食を堪能して、爆睡してスッキリとした朝を迎えました。 

01

02
06:06 目覚めてテラスから顔を出すと、既に出発する人たちがいました。槍ヶ岳や穂高岳の方向に向かうのか、ここからですと蝶ヶ岳(2,677m)に登るのも便利です。あるいは上高地へと下るのか。

03
少食は07:00からで、山小屋にしては遅い朝食でした。早い出発の場合は朝食弁当を作ってもらうことも可能です。当初の予定では、早朝出発して上高地から岳沢方向に登ってみようと思っていたのですが、すっかりのんびりムードとなってしまい、ゆったりとした時間を楽しもうということで、ご飯をお代わりしてしまいました。

04
07:41 こんな山小屋に泊まるもんかと思っていた徳澤園でしたが、ゆったりとした時間を過ごし、噂の夕食も堪能して満足してしまいました。のんびりと上高地へと下ることにしました。

05
多分、朝一番で上高地入りしたのだと思うのですが、張り切って歩いてくる登山者に出会いました。台風の影響もあって天気は下り坂ですが、いい登山ができるといいのですが。まあ山登り愛好家は雨もまた楽しで、雨を楽しむ術を知っていますので、きっと自然を楽しめるものと思います。

06
上高地から歩いてきた道とは、梓川を挟んで対岸の道を下ることにしました。明神池の前を通る道で、よく整備されていえこのルートも楽しい道です。昨日は睡魔に襲われてフラフラ歩いていた2人ですが、この日は足取りも軽くしっかりしていました。

07
雲が切れてきて青空が広がってきました。昨年の秋、今年の春と2回連続で上高地の青空にお目にかかれなかったのですが、ようやく透き通るような明るいブルーの空を目にしました。青空がこんなに碧いとは、こんなに素晴らしいとは。

08
昨日は雲の中だった焼岳(2,393m)もこの日はスッキリとした姿を見ることができました。

09
明神池方向から下ってくると岳沢への分岐点に出ました。この分岐を右に登っていけば岳沢方向へ、そのままさらに登っていけば前穂高岳(3,091m)に至ります。 

10
岳沢へのルートは、途中の風穴(天然クーラー)といわれる地点まで往復2時間半、その上の岳沢小屋までは往復2時間です。上高地から往復4時間半で、西穂高岳や前穂高岳や明神岳を間近に眺めることができます。 

11
久しぶり広がった青空の下に西穂、吊り尾根、前穂、明神岳の稜線が見えました。中央の奥に聳えるのは奥穂高岳、その真下に岳沢小屋、さらにその下に残雪が白い雪渓になったいるあたりが岳沢。

13dsc02341
のんちゃんにとっては初めての上高地は、山に登ることもなくピクニックとなりました。富士山に登ったりしているのですが、山小屋宿泊は初めてとのこと。初めてにしてはかなり贅沢な山小屋宿泊になりましたが、いい思い出となった上高地散策だったようです。

14dsc02345
心なしか高くなったような青い空を河童橋越しに眺めて上高地に後にしました。 

15dsc02352
上高地B.T10:50発(大体30分間隔)のシャトルバスでマイカーを置いてある沢渡B.Tへ、そしてマイカーで3時間で帰宅しました。

今まで素通りしていた徳澤園でしたが、穂高岳や槍ヶ岳登山には不便な位置にあったからでした。穂高へは涸沢まで、槍ヶ岳へは槍沢ヒュッテまで行き、帰りに横尾山荘に泊まるというのが一般的で、23日の行程になります。  

 今回初めて徳澤園に宿泊して、ここをベースにすれば「奥又白池」から前穂高岳に向かうパノラマコースの入口まで行けることがじっかんできました。また天気が良ければ穂高連峰の展望台といわれる徳本峠へも日帰り登山が可能です。また岳沢から岳沢小屋まで登って穂高連峰の懐に入るということも可能です。新宿バスタからの深夜バスを利用して徳澤園に宿泊すれば実質12日の行程で北アルプス登山が可能になりことがはっきりました。また明神池の入口に建つ嘉門次小屋も宿泊可能なことがわかりました。もし悪天候で山小屋に閉じ込められても徳澤園なら優雅な時間を過ごせそうなこともわかりました。穂高や槍だけではない上高地の別の魅力を発見する山行きとなりました。

| | コメント (0)

2018年9月25日 (火)

上高地散策 07噂の夕食

9/2(日) 宿泊予約したあった徳澤園に14:00にチェックインしました。

01
宿泊した個室は二階の手前から2つめの部屋で、小さなテラスがついていましたので、徳澤園のキャンプ場を眺めることもできました。 

02
宿泊できる部屋は全て二階にあるようで、この廊下の両脇は全て個室でした。

03
予約した個室は23人用でした。よく泊まった室堂のみくりが池温泉の個室と同じような広さで、同じような暖房設備がついていました。この日は夜中に暖房が入りました。押し入れには布団が3人分入っていました。個室に入って気がついたのですが、オシャレな山小屋で木材をふんだんに使っていて通気性がいいというか、音の伝導性がいいせいか、部屋の外のちょっとした音がよく聞こえてしまうのでした。その割には爆睡してしまいましたが。

04
ベランダからは、かつては牧場だったキャンプ場を眺めることができました。

05
夕食の時間になり、「みちくさ食堂」とは別の食堂に降りていくとメニューが書かれていました。個室と相部屋では料金がちがうためかメニューが別でした。みくりが池温泉では個室・相部屋の別なくメニューは同じでした。

06
テーブルは部屋別に決まっていて、事前に注文してあった飲み物もセットされていました。このフロアーは相部屋の人たちで、相部屋の人たちは隣の別フロアーにテーブルが準備されていました。

07

08
事前に注文してあった、のんちゃんはリンゴジュースで私はビールで乾杯しました。14:00にチェックインして部屋に入ると同時にそのまま夕食の時間まで4時間も寝てしまいましたので、2人ともぼんやりしていましたが、乾杯してようやく頭も胃も動き始めました。

09
噂の徳澤園の夕食の味は? 絶品でした。信州サーモンのお刺身は絶品でした。サーモン・マス系はスモークサーモンしか食べないのですが、かつて琵琶湖で食べた琵琶マスと同じくらい、歯ごたえも旨味も絶品でした。そして岩魚の塩焼きも今まで食べた岩魚の中では最高でした。その他の食事もいうことなしでした。

10
ステーキが出てくる山小屋という噂は聞いていたのですが、本当でした。これはうがった見方をすれば、徳澤園はもともと牧場だった名残かもしれません。信州牛も文句ない味でした。

噂の食事は、食事をするために宿泊するという人がいるというのも肯けるのですが(料金もそれなりに高いですが)、気になったのは個室と相部屋のメニューの違いでした。いずれ相部屋(2段ベッド)に宿泊することがあるかもしれず、その時には信州サーモンのお刺身が食べることができないのはとても残念です。そんなことを考えながら、爆睡してしまいました。 

| | コメント (0)

2018年9月23日 (日)

上高地散策 06氷壁の宿

9/2(日) 「奥又白池」を目指したのですが、通行止めになっていたのと、それを突破する体力と気力に欠けていて途中で引き返しましたので時間がたっぷりありました。

01
徳澤園の食堂「みちくさ食堂」で昼食にしました。いくつかのテーブル席があり、この左手にも同じくらいのテーブルがあり、さらに入口のテラスにもテーブルがあり、食事をとらないで休憩するだけでも居ることができ、「みちくさ食堂」という名前の通りとても居心地のいい空間でした。チェックインまで時間がたっぷりありましたので、ここでのんびりしました。

04
のんちゃんは、山菜うどんを食べた後ソフトクリームを食べていました。

03
私はおでんと生ビール。

05

06
いつの間にか陽が出てきましたので、表に出て日向ぼっこをしました。いつもですとせっせと山に登っているか下山してかなのですが、上高地に来ていつもならどこか歩いているはずなのに、こんな時間にこんなところでのんびり過ごすのは初めてで、とても豊かな気持ちになれました。

07
ちょっと強い日射しでしたが、そよそよと吹いてくる風はヒンヤリとして気持ちよく、この2ヶ月間は暑さで丹沢登山もできませんでしたので、久しぶりの自然の風が気持ちよく、うとうとと昼寝してしまいました。

08_2
徳澤園は「氷壁の宿」(多分徳澤園の自己PRだと思うのですが)ともいわれています。

15
「氷壁」は、井上靖の新聞連載小説でその後単行本になりました。昭和30年に発生した、登山中のナイロンザイル切断事故を題材に井上靖が小説化したものです。私が好きな小説で、その小説の舞台になったのが前穂高岳(中畠新道分岐への道)と徳澤園でした。

09_2
14:00ちょうどにフロントフロアーの明かりがついて、チェックインとなりました。まだ時間が早いせいでひっそりとしていました。

10
フロントフロアーは、これが山小屋?というほど落ち着いてシックな雰囲気でした。

11
ゆったりとした談話室もあり、チェックイン前の早い時間ここで過ごすことできますし、あるいは今回のように「みちくさ食道」でのんびり休憩することもできます。

13

12_2
二階への階段を上りながら上を見上げると、しっかりとした梁は骨太の山小屋でもあり古民家風でもありました。ゆったりとした空気が流れているようでした。

14
二階のフロアー。徳澤園は、上高地B.Tから2時間という距離ですので、ピクニック気分で散策してここに宿泊するという人も多いようです。必ずしも登山客だけではなくて、半分くらいの人はここでお茶して、ここの夕食を食べて、ここに泊まることだけを目的にしている人もいるようでした。 

今まで何回となく横目に見ながら通り過ぎていた徳澤園でした。料金が高いこと(上高地地域全体にいえることですが)や豪華な食事、オシャレな雰囲気など、徳澤園のことはきいていましたのでそんな贅沢で軟弱なところに泊まるもんかと思っていました。ところが、上高地が初めてで、できたら山小屋の雰囲気が味わえて個室がいいというのんちゃんのリクエストに応えるためには結果として徳澤園しかありませんでした。まあ好きな小説「氷壁」の宿に一度は泊まってもいいかと思いましたし、ついでに「氷壁」の山岳事故の舞台となった前穂高への道(パノラマコース)への道を登るのもいいかということで徳澤園に宿泊することになりました。

O03130403134993541031
「氷壁」は本でも読みましたし、高校時代に映画(菅原謙二、山本富士子、野添ひとみ)も見ました。ストーリーは、主人公と親友の山仲間が登山中にザイルが切れて親友は死亡、ザイルの強度テストを行う科学者の美しい妻に心を奪われる主人公、主人公に強く結婚を迫る親友の妹、親友の妹のプロポーズを受け入れてもなお人妻への想いに悩む主人公。親友の遺体を探しに雪山に向かった主人公は、人妻と親友の妹への揺れる気持ちを抱えたまま雪崩が迫る雪深い危険地帯で立ち往生、とまあそんな大人の恋愛ストーリーなのですが、ストーリーや配役はともかく、大画面で見た北アルプスの雪山シーンやロープを使って断崖絶壁を登攀するシーンに圧倒されたものです。舞台となった穂高岳への憧れのきっかけとなり、結果として日本で3番目に高い奥穂高岳には大学時代と2010年の2回登ることになりました。

| | コメント (0)

2018年9月21日 (金)

上高地散策 05新村橋

9/2(日) 徳澤園に着いたのが10:00頃でした。途中徳本峠に登る予定を中止しましたので時間がたっぷり余りました。

65
徳澤園に宿泊を予約してあったのですが、チェックインは14:00でしたので、時間はたっぷりあり一休みしました。1階は食堂になっていました。

66
食堂入口には寛いでいる人がいました。私たちもここで一休みしました。 

67
今回、どうしても行ってみたかったのが「奥又白池」でした。以前奥穂高岳に登った時のガイドさんが、上高地で最も素晴らしいところで秘境的でもあると勧めてくれました。徳澤から20分くらいのところにある新村橋を渡って、奥又白池とパノラマコースの分岐地点、中畠新道という分岐まで往復2時間位でしたからちょうどいい距離でした。

68
徳澤から20分くらいで新村橋の標識がありました。今まで何回となく横尾・涸沢・槍の方向に向かったのですが、今回初めて新村橋へと向かいました。

69
今までは何回となく横目に見て通り過ぎていたこの新村橋を渡るのは初めてでした。

70
この場所から梓川の対岸に向かうのは初めてでした。この橋を渡っている人を見かけたことはなく、こんな立派な橋があるのになぜ誰も渡らないのだろうかと不思議に思っていましたので、どんな景色が現れるのか、熊は出るのか、期待と不安が交錯していました。

72
橋を渡りながら空を仰ぐと、目の前の茶臼尾根は分厚い雲が火山の噴火のように吹き上がっていました。

73
新村橋を渡って少しゆくとしっかりとした標識があり安心しました。標識には屏風のコル経由のパノラマコースに行くことはできませんという注意書きがありました。

74
また少し歩くと「奥又白谷登山口」の標識があり、ここから先は登山の装備が必要です という注意書きがありました。細かい注意書きもいろいろ書いてあり、要はハイキング気分ではダメですよということでした。

75_2
もともとこのルートは上級者向けコースであることは承知していました。せめて中畠新道分岐まで、安全に行けるところまで行ってみようとロープをくぐって先へ進んだのですが。

76
ロープの先はしばらくは緩やかな歩きやすい道が続きました。

77
行く先を見ると雲はさらに厚くなり、一休みした割には疲労が蓄積されているように感じましたので、引き返すことにしました。

78
昨年の10月に涸沢に行った時にパノラマコースの案内がありました。宿泊した涸沢ヒュッテの人にきくと、ヘルメットやロープを持っていないと危険といわれて諦めました。今回、このパノラマコースの辿り着く先(中畠新道分岐)はどんな景色なのか見てみたかったのですが、体調は十分でなく、天候もよくないようでしたので諦めました。

| | コメント (0)

2018年9月19日 (水)

上高地散策 04明神池

9/2(日) 明神館に着いた後、そのまま明神池へと向かいました。

49
明神池へは、明神橋で梓川を渡りました。水蒸気が濃霧になって雲になり、明神岳を覆っていました。

51
梓川は、時間の経過と共に青みをおびてきました。梓川の水源は槍ヶ岳で、槍ヶ岳周辺に降った雪が地下水となり、その地下水が滔々と流れています。

53
穂高奥宮(穂高神社)の鳥居は、木造でしかも色塗りをしていませんので木目がそのまま風雪に耐えた歴史のようで、神々しく感じました。「上高地」という地名は、もともとは「神降地(かみこうち)」、神が降り立った地に由来するといわれています。

54
明神池は一之池と二之池の2つからなっています。池の畔には穂高神社奥宮が鎮座するいわば神の領域です。

55
のんちゃんと交代で、それぞれ無事の登山を祈願しました。 

57
明神池は梓川の流れ(支流)が、明神岳が崩落した時に堆積した砂礫によってせき止められてできた池です。明神岳から常に伏流水が湧き出ているため、冬でも全面凍結しないそうで、いつでも透明に透き通っています。

58
こちらは第二明神池。いつもに増してひっそりとしていました。山をこよなく愛した山の宮様といわれた故秩父宮が、昭和初期にここを訪れ、岩魚を釣ったとか。現在は動植物保護のために釣りは一切禁止されています。

59
08:35 明神池のいる口にある嘉門次小屋もまだ開店準備中でした。上條嘉門次さんという人は、日本近代登山の父といわれるW・ウェストンの山案内人として知られている人です。いわばウェストンと嘉門次さんは、上高地のパイオニアでもあります。現在は、嘉門次小屋の主は4代目で、ここで宿泊することもできます。

63_2
明神池から再び明神橋を渡ってすぐ先に「白沢出合・徳本峠入口」の分岐があります。今まで徳本峠に登ったことはなく、また峠からは穂高連峰を眺めることができるときいていましたので余裕があれば登ろうと思っていたのですが、2人とも疲れよりも睡魔に襲われていましたのでパスしました。

64
(画像はインターネットより転載) もし徳本峠に登っていたら、明神岳を中心に前穂、奥穂、西穂などの穂高連山が眺められたのですが、あまり天気もよくなくあきらめもつきました。

61_2
再び徳澤園に向けて歩き始めました。既に下山してくる人たちもいて、恐らく横尾山荘あたりに宿泊していた人ではないかと思いました。

64_2
09:56 ようやく徳澤園のキャンプ場に着きました。ここはかつては牧場だった場所です。 

予定では登ってみようと思っていた徳本峠。往復4時間で、いつも登っている丹沢(5時間)に比べれば急な登りもなさそうでしたので問題はなさそうでしたが、眠気が去らず行ってみようという気力がわきませんでした。早くリュックを下ろして横になりたい一心でした。睡眠不足になるといかに体力が低下するか実感しました。

| | コメント (0)

2018年9月17日 (月)

上高地散策 03河童橋

9/2(日) 上高地B.Tでゆっくり一休みして、梓川沿いに明神池方向へと向かいました。

28
上高地B.Tで朝食を食べながらゆっくりと休憩しました。じっとしていると冷えがきて、長袖でないと肌寒く感じました。アルプス1万尺(1,500m)の気温は下界とは違いました。

29
上高地B.Tから10分ほどで河童橋です。河童橋が見えてきたのですが、明神岳の麓の大気が温められて水蒸気が温泉のようにもうもうと立ち上がっていました。

30
06:59 まわりは墨絵の世界で水蒸気に取り囲まれていたのですが、河童橋だけは別世界のように明るく賑わい始めていました。 

37
のんちゃんが最も待ち望んでいた河童橋での記念写真。

35
上高地で最も人気のある絶景といわれる前穂高や明神岳などの山々はわずかに中腹が見える程度で、山頂は雲に隠れていました。翌日帰る時に姿を現せてくれるといいのですが。

39
河童橋から少し歩くと小梨平キャンプ場です。両側にテントが張られた道を抜けて明神池方向へと向かいました。

41
穂高岳、槍ヶ岳、涸沢など北アルプスの人気の山に向かう時には必ず通るこの道です。年々、アウトドアをより快適に楽しもうという気配になってきています。のんびりと寛ぐキャンパーを横目に先を目指しました。

42
大正池を歩き始めて、途中上高地B.Tで休憩して2時間近くたちました。身体はとっくに目覚めて軽く感じるはずなのに、逆に足取りは重く感じしかも歩きながら眠っているようでもありました。のんちゃんも夢遊病者のように歩いていました。

44
梓川を挟んで左手に聳える明神池のまわりには霧が漂っていて、霧は上昇して厚い雲になっていてこの先の天気が心配になりました。

45
ひとくちに明神池といっているのですが、いくつかの峰を総称として明神岳といいます。また明神岳は穂高岳ともいいます。前穂高岳、西穂高岳、北穂高岳、奥穂高岳などは総称して穂高連峰といいます。紛らわしいのですが、奥穂高岳のことを穂高岳という場合もあります。

46
08:02 随分のんびりとしたペースで明神館に着きました。ここ明神館には、かつて槍ヶ岳登山(2011.10)の途中知り合った「ヒマラヤのお景さん」(私が勝手にそう呼んだのですが)がいました。お景さんは当時からヒマラヤに通いつめていてネパール人と結婚し、現地でトレッキングガイドの会社を設立し、お景さんのガイドでヒマラヤ仲間の鈴木さんと一緒にヒマラヤに行こうというプランがあったのですが、奇しくも鈴木さんは山で遭難し3ヶ月の入院生活、お景さんのご主人も事故に遭い、ヒマラヤ行きのプランは延期から中止になってしまいました。

47
明神池の参道入口に穂高奥宮(穂高神社)の石碑があります。穗髙神社は日本アルプス総鎮守と崇められていて嶺宮(みねみや)は北アルプスの主峰、奥穂高岳の頂上(3,190m)に祀られています。登山者の安全を守っています。

大正池をスタートして3時間近くかかりました。あえてゆっくりとしたペースを心がけたのですが、それ以上に身体も足も重く、時々歩きながら睡魔に襲われました。時間の経過と共に眠くなる状態はのんちゃんも同じで、時々 “起きてますか! 大丈夫ですか!” と声をかけながら歩く状態が続きました。今まで徹夜運転して一睡もしないで登山しても大丈夫だったのですが、いつもとは身体のリズムが違いました。体力低下や登山のブランクなのでしょうか。

| | コメント (0)

2018年9月15日 (土)

上高地散策 02バスターミナル

9/2(日) 大正池から歩いて、上高地B.Tを目指しました。

14_2
05:20 大正池を左に見ながら、遊歩道を歩き始めました。まだ夜が明けきっていませんでしたが、空は少しずつ明るくなってきました。

15
遊歩道が樹林帯に入ると足元が見にくくヘッドランプを使いました。いつもなら布団の中にいるか起き出す時間帯に、シーンとして時々梓川の音が聞こえてくる薄闇の世界を、リュックを背負って歩くというこの状況はいわば日常から非日常に移行するタイムスリップのような気分でした。

16
焼岳にまとわりついている雲は、川筋があってまるで白い水が流れるようにゆったりと動いていました。

17
梓川の上流方向、西穂高から前穂高や明神岳に連なる尾根の背後から雲がわいていました。昨年の秋に涸沢に行った時は雨、今春の上高地も雨で、その時は西穂高などは雲の中でしたが、それに比べると今回は吊り尾根などが見えるだけでもましでした。

18
ずいぶん明るくなってきて、ヘッドランプ無しでも歩けるようになりました。身体は活動する時間帯のリズムになってきたのですが、いつもほど活性化しないような妙な気分でした。

20
気温は、体感的には20℃より低いのではないかと思うくらいヒンヤリとしていて、歩いていても肌寒く感じました。 

21
梓川の流れは水量が多く、激しく流れていました。梓川は信濃川と合流して新潟県を経由して日本海に流れ込みます。

23
06:02 田代橋。空はどんよりとした雲に覆われ、山の麓からは濃い霧が湧いていましたが雨は降りそうもなくて助かりました。

25
気温の上昇と共に、冷え切った水面や地表が温められて霧が濃くなってきました。

26
06:21 大正池を出発してちょうど1時間で上高地B.Tに着きました。観光バスや路線バス、シャトルバスなど、全て同じ型・デザインのバスが並んでいました。

27bt
上高地B.Tはひっそりとしていました。多分、始発バス(04:40)や次のバス(05:1005:40)に乗ってきた登山者はそれぞれ穂高岳や槍ヶ岳に向けて歩き始めたと思われました。

雨は降りそうにないのはほっとしたのですが、軽い足慣らしのつもりだった大正池からの1時間のハイキングは、重いリュック(山小屋泊まりの場合はどうしても重くなります)と久しぶりの山歩きに、思いのほか体力を奪われていることに不安を感じました。

| | コメント (0)

2018年9月13日 (木)

上高地散策 01大正池

9/1(土)~3(月)の日程で上高地に行きました。同行者は、今まで上高地に1回も行ったことがないというのんちゃん。今回の目的は、第1にのんちゃんの上高地散策、2つめは井上靖の小説「氷壁」の舞台となった徳澤園での宿泊、3つめは時間があれば今まで行ったことがない徳本峠、奥又白池、岳沢に行くことでした。

01
8月中に行く予定でしたが台風の直撃で延期となりました。8月は新宿バスタからの深夜バスを予約していたのですが、延期となり再度予約しようとしたのですが満席で予約できず、結果としてマーカーで深夜出発となりました。

02parkingmap_01
今まで上高地には槍ヶ岳や穂高岳登山など何回も行っているのですが、交通手段はマイカーでタクシー利用、新宿バスタからの深夜バス、松本からの直行バスなどでした。マイカー規制のために、マイカーの場合は沢渡でタクシーかシャトルバスに乗り換えなければなりません。今回のようにマイカーでシャトルバス利用は初めてでした。このシャトルバス利用がなかなかくせ者なのです。マイカーの駐車場が14ヶ所、シャトルバスの停留所が5ヶ所で、シャトルバスの乗車場所によっては満席で乗れなくなることもあるということです。調べてみると、シャトルバスは沢渡バスターミナル(B.T.)が始発ということでしたので、B.T.に一番近い市営第3駐車場を目指しました。

02
市営第3駐車場に着いたのは02:20500台収容できるという駐車場はかなり埋まっていました。。地図を見ると駐車場があちこちにあり、深夜で見通しが悪いために心配したのですが、目的地に順調に到着しました。途中S.Aで休憩したのですが、順調すぎて早く着いてしまいました。といってあまりゆっくりしているとこの駐車場は一杯になっていたかもしれません。

03
04:40の始発バスまで2時間もありましたので、しばらくは車の中で仮眠しようとしたのですが、なかなか寝ることができずB.Tへと移動しました。この2時間の待ち時間というのは、何もすることがなく退屈な時間なのですが、ボーッとしてのんびりと過ごすのも日頃ないことなのでこういう時間もいいものです。

07

06

04
B.Tの施設はとても充実していました。あちこちにベンチがあり、上高地天然水の水飲み場、清潔な公衆トイレなどいたれりつくせりでした。天然水の水飲み場は上高地にも何ヵ所かにありますので、空のペットボトルを持っていけばどこでも飲み水の補給はできます。

05
B.Tからタクシーを利用することもできます上高地までの料金は4,200円ですので、例えば、45人集まれば1人当たり1,000円前後で利用できますが、バス代も往復で買えばほぼ同じ料金になります。既に集まっていた他の登山者とも相乗りとどちらが特か相談した結果、帰りのこと考えるとやはりシャトルバス利用の方がよさそうだということになりました。

08
定刻の04:40近くにシャトルバスが来ました。この始発バスに乗った人は10人くらいでしたが、途中のバス停からも何人か乗車してきました。繁忙期には乗り切れなくなるおそれもあり、やはりB.Tから乗車した方がよさそうでした。

09
シャトルバスは定刻に発車し、梓川に沿って何ヵ所かのトンネルをくぐり上高地に向かいました。途中に釜トンネルがあり、釜トンネルは05:00にオープンとなります。それまでは路線バスも観光バスもシャトルバスもタクシーも、通行が許可されているどんなクルマも通ることはできません。

10
シャトルバスも上高地までの間に大正池や帝国ホテル前などで停車しますので、私たちは大正池で下車して上高地B.Tまで1時間ほどの梓川沿いの遊歩道を歩くことにしました。

13
05:19 夜明け前でもあり、どんよりとした雲が空を覆っていて、大正池は墨絵の世界でした。焼岳には一筋の雲が腹巻きのように巻き付いていました。今春ここを訪れた時は雨のために焼岳は濃い霧と雲の中で姿は見えませんでした。上高地が初めてというのんちゃんは、一睡もできなかったにもかかわらず元気でした。

駐車場に早め(02:20)に着いたのですが、結局一睡もできませんでした。今まで、上高地でも立山・室堂でも富士登山でも大抵は深夜運転して一睡もしないでそのまま登山しても大丈夫でしたので、いつもの通りのつもりで歩き始めて上高地へと向かいました。

| | コメント (0)

2018年9月11日 (火)

回想チベット大縦断 35帰国

2013.9/23(月)、カトマンズで市内見物をして、最後の夕食はネパールの伝統舞踏と音楽を楽しみながらのネパール懐石という定番料理を楽しみました。

01
00:35(ネパール現地時間21:20) カトマンズの国際空港に着いてスーツケースのセキュリティチェックを終え、フライトを待つだけとなりました。

02
この空港もヒマラヤ遠征(4回)のたびに利用していますし、今回で9回目の乗降となり海外では最も利用頻度が高い空港です。最初の頃は、情報が曖昧で何が何だかわからないで落ち着かなかったものです。

03

04
02:02(ネパール現地時間22:47)今までヒマラヤに来た時はカトマンズ空港からタイ航空でバンコク経由でしたが、今回は中国南方航空で広州経由でした。定刻より多少遅れて出発しました。

05
08:33(中国現地時間07:33)関空へと向かう大阪5人組とはここでお別れしました。広州空港でのトランジットの時間が3時間以上あり、かなり時間をもてあましました。

06
10:13(中国現地時間09:13)広州からのフライトは09:30で、ほぼ定刻に搭乗開始となり遅延が多いと聞いていた中国系航空会社にしてはほぼ順調で、これで最後となるであろう中国の空を眺めながらこのまま成田まで何事もなく離陸して到着してくれることを祈りました。

07
16:02 定刻通り成田に到着し、預けた荷物を待つホッとした一時でした。ツアー仲間の皆さんとはここでお別れとなりました。

08
17:24 成田からリムジンバスで首都高速を走り抜け、ベイブリッジにさしかかりました。いつもここまで来ると帰ってきたなあと実感します。

09ycat
17:37 チベットやネパールから超高層ビルが建ち並ぶ「みなとみらい」地域に入り、YCAT(Yokohama City Air Terminal)に到着すると、翌日からの日々のことを考え、夢から覚めたように現実に引き戻されるのはいつものことです。

長いような短いようなという決まり文句の通り、本当にそんな気持ちになる「ネパール大縦走」 の13日間でした。青蔵鉄道では軟臥座席で天空の列車旅を楽しめましたし、チョモランマは雲一つない姿を見せてくれましたし、念願だったクラブヒマラヤに泊まることができましたしこれ以上ない満足できるツアーでしたが、唯一の心残りはチベットについて焦点が定まらないというかイメージがはっきりしないことでした。チベットについていろいろ本を読んだりしましたが、宏大なエリアを短い期間で駆け抜けましたし、じっくりと地に足をつけたわけではありませんので無理もないことだと思います。とはいえ何となく肌で感じた空気は皮膚感覚として残っていますので、これからチベットを考えるときには今回のツアーはムダではないと思います。

| | コメント (0)

2018年9月 8日 (土)

回想チベット大縦断 34カトマンズ

2013.9/23(月)、「クラブヒマラヤ」を後にして、カトマンズへ向かいました。カトマンズは5回目でしたし、旧王宮広場(ダルバール)見物ということでしたので、写真はもういいと思ってカメラは封印したのですが・・・。

01

02

03

04

05

06

07_2
これらの写真は2011年の4月に初めてヒマラヤを訪れたとき、カトマンズ市内をブラブラしたときのものです。信号はあるものの慢性的な停電のために交差点では交通整理のおまわりさんが排気ガスにめげずに頑張っていたり、信号待ちの人混みの中に牛がいたり、街にはいろいろな露店が並んでいたりとお祭りのようでした。

08

09
今回のカトマンズで写真は撮らないと決めたのはいいものの、ダルバール(旧王宮広場)では噂の「クマリ」が窓から顔を出すという絶好のチャンスに恵まれてしまいました。「クマリ」は国王でさえひざまずくという生き神様の化身とされていてめったにお目にかかれるものではありません。 “生き神様”ですからカメラを持っていてもシャッターを押すわけにはいきませんでしたので、代わりに王宮の出口で売っていた「クマリ」の絵はがきを買いました。絵葉書に見るクマリの表情は、“生き神様” というには幼さが残っていて可愛かったり、おしゃまな感じだったりいろいろです。私が実際見た「くまり」はどの娘だったのか一瞬でしたのでわかりませんでした。

5回目のネパールは相変わらずの喧騒の街でしたが、チベットに比べると何もかもがゆるい感じでした。この日まで頑張っていた添乗員の田村さんは、ここまで全員無事でホッとしたのか、のどの痛みがだいぶ治まって安心したのか、昼食に「モモ(餃子)」を食べ過ぎて、胃がおかしくなり、顔面蒼白で脂汗を流して私たちをヒヤヒヤさせてくれました。今まで私たちがさんざん心配をかけましたのでその倍返しだったのかもしれません。国境を越えてネパールに入っていましたので、何があってもOKでした。

| | コメント (0)

2018年9月 5日 (水)

回想チベット大縦断 33クラブヒマラヤ

9/22(日)、今回のツアーで最後の宿泊地「クラブヒマラヤ」で最後の夜を過ごしました。 

01
クラブヒマラヤに到着して先ず落ち着いたのがこのロビーでした。現地ガイドさんと田村さんがチェックイン手続きをしている間、私たちはすっかり寛いでウェルカムドリンクとこの雰囲気を楽しみました。

02
同じフロアーにカウンタバーがあり、夜はここで一杯やろうと思っていたのですが・・・。

03

04
ここの建物は面白い構造になっていて、通路は螺旋状になっていました。通路や踊り場は落ち着いていて、ところどころにいるボーイさん達と懐かしい “ナマステ!” と挨拶を交わすと、すっかりリゾート気分になりました。

05

062
自分に割り当てられた部屋はとても落ち着いていて、贅沢気分でした。夕食後カウンターバーで一杯やろうと思っていたのですが、結局自分の部屋で日本から持ち込んだ日本酒をチビチビと飲んでしまいました。写真は向かい合わせの部屋にいた添乗員の田村さんに撮ってもらいました。

07
クラブヒマラヤの “ウリ” は、ポカラの「フィッシュテールロッジ」とともにネパールを代表するリゾート施設であるとともにここ「ナガルコットの丘」からのヒマラヤ展望です。日が暮れる頃には夕焼け、朝は朝陽のあたるヒマラヤの嶺々を望むことができるのですが、残念ながらこの日は雲に覆われてしまいその眺望にはお目にかかれませんでした。しかし私たちは雲一つないチョモランマを見てきましたので、余裕で曇り空を仰いでさっさと自分の部屋に引きこもって寛ぎました。

081

09
食事はバイキング形式でそれぞれ美味しく、ビールは「エベレストビール」(美味しい)で乾杯し、日本から500mlのペットボトルで持ち込んだウィスキーの水割りを飲みきってしまったり、ラストオーダーまでグダグダと時間を過ごしました。そして自分の部屋に戻ってからも日本酒をチビチビと飲んで、すっかりいい気分になって眠りにつきました。

ヒマラヤでどうしても泊まってみたかった「クラブヒマラヤ」はその名に恥じないものでしたが、ツアー仲間に割り当てられた部屋のうち二部屋が工事中だったという信じられない手違い(ネパールらしい)が起こりました。ところがここでも添乗員の田村さんは粋な計らいで難局を乗り切りました。とにもかくにもここまで無事で、帰国を待つばかりとなりました。 

ヒマラヤで泊まりたい宿泊施設のベスト3は、1位はエベレストを眺めることができる標高3880mにあるホテルエベレストビュー、2位はここホテルヒマラヤ、3位はダウラギリ(8167m)の目の前に立つタサンビレッジで、今回で3つの宿泊施設に泊まることができました。

| | コメント (0)

2018年9月 3日 (月)

回想チベット大縦断 32ナガルコットへ

9/22(日)、中国を出国してネパールに入国し、昼食に鄙びたレストランでビールをたくさん飲んで、今回のツアー最後の宿泊地ナガルコットの丘に向かいました。

01
ネパールの山の中の風景は緑が濃く深いように見え、バリ島に来たような雰囲気でした。 

02

03
道端で、おばちゃんがペットボトルの水やジュースなどの飲み物やガバや柑橘類のフルーツなどを売っていて、傍らでは若い母親が幼子をあやしながら眠りつけていて、涼しい風が吹いていて、とても穏やかないい光景でした。若い母親の生真面目そうな真剣な表情が印象的でした。

04
街中に出ると、ネパールらしい喧騒に包まれた光景となり、懐かしさがつのりました。

05
突如としてスコールのような激しい雨が降ってきました。今回のツアーで初めての本格的な雨でした。ホコリっぽい街が洗われるようでした。

06
しかし車で移動しているとあっという間に雨が降っていない場所に移り、道は濡れていませんでしたし通行している人たちもまったく雨とは関係ない様子でした。

07
ナガルコットの丘に通じる道は、日本の山道と同じような懐かしさを感じる道で、木立の間をクネクネと曲がりながら少しずつ高度を上げていきました。

08
18:08 今回のツアーで最後の宿泊地となる「クラブヒマラヤ」に到着しました。

中国からネパールに入ると、山の緑や街の空気、人々の人懐っこい表情など、何もかもが変わったように思えました。最貧国といわれ、政治は混沌として、街は騒音と汚れた空気に包まれていますが、ネパールの人はあまり意に介さない(それも諸悪の根源に思えますが)で、生きたいように好きなように生きているようで、そんな雰囲気に懐かしさを覚えました。

| | コメント (0)

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »