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2019年3月30日 (土)

丹沢登山紀 3月 

3月は寒さが和らいで少しずつ春の足音が聞こえてきました。3/51018244回登ることができました。これで1月からの3ヶ月間で14回通ったことになりました。

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前回2/24(日)から1週間以上のブランクがありました。この間飴が降ったり止んだりはっきりしない天気が続きましたが、3/5(火)の天気予報は久しぶりの「晴れ」でしたのでいそいそと出かけました。登山口に着いてみれば、湿っていた大地が暖められて靄に包まれていました。

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こちらの歩みと追いかけっこをするように靄が追っかけてきて幻想的な雰囲気になりました。

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山好きの皆さんも私同様久しぶりの登山を楽しみにして、辛い階段を味わうようにゆっくりと登っていました。

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靄との追いかけっこも陽射しが少しずつ射すようになってきて、うっすらと青空が見えるようになってきました。

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ここ数日の雨は富士山には雪となったようで裾野の方まで白くなっていて、本来のこの時期の富士山の姿を取り戻したようです。

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この大倉尾根ルートも、遮る樹林がない場所では積雪がありました。

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この日は午後から用がありましたので花立山荘から下山することにしました。中途半端に積もった雪で滑りやすく、へっぴり腰で恐る恐る下山しました。

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3月2回目は、前回から中4日の3/10(日)に出かけました。前日まで快晴だったのですが、西の方から低気圧が張りだしてきているということで、登り始めて空を見上げるとクラゲの大群のような白い雲がものすごい早さで東の方向に流れていました。 

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この日もほぼ一緒にスタートしたNさんは、常連さんの中でも長老格でお歳は85歳、親しく声をかけていただきます。大体中4日か5日で通っていて、真似できないのはどんな時でも、雨でも体調が悪くても頂上まで登ることです。私は天気や体調が悪いとさっさと降りてきてしまいます。山頂までのペースは私の方が数分速いのですが、Nさんと同じ歳まで登れるかどうか???

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鹿もそろそろ活動開始の時期が来たようです。 

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現在の地に転居する前、自治会長をしていたときに地域連携でお世話になったケアプラザの所長Mさんと2年ぶりの再会でした。丹沢で出会うのは2回目で、今回は素敵な奥様とご一緒でしかもペアルックでした。幸せ太りでしょうか、顔が丸くなっていました。

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3/18(月) 33回目の丹沢登山は、雲一つない快晴でした。 

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南アルプスがこれほどはっきりと見えるのは1年に数回あるかないかです。

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気温は0℃とこの時期の山頂の気温としてはそれ程低くはないのですが、風が冷たくじっとしていると身体が凍えるようでした。この日は天気も体調も良く、登りに3時間、下山に2時間と久しぶりに自分にとっては快調な登山でした。

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3/24(日) 前日までの小雨が止んで好天に恵まれたため34回目の登山に出かけました。登山道入口には野いちごの一種の花が咲いていました。つい数日前に東京でも桜の開花宣言がありましたし春がさらに近づいてきていました。

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ヒンヤリとした空気を吸いながら登ってゆくと、前日の雨が雪になっていたようで辺り一面白くなっていました。

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さらに登ってゆくと雪の量は多くなってきました。天気は快晴で強い日射しが眩しいくらいで、凍っていた登山道がシャーベット状になってきました。登りはいいのですが、下りは滑りやすくなりそうでしたので適当なところで引き返しました。

登山口で見つけた小さな白い花、かと思えばなごり雪がうっすらと積もった登山道。鹿も姿を見せました。開花宣言が出され、先日は東京の桜が満開とか。山の中も一足、二足遅れの春が近づいていました。心も体もごくごく普通で、こうして山歩きしながら季節を感じられるのは、それだけでも幸せを感じている日々です。

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2019年3月28日 (木)

旅の空2007年 四国巡礼 20二十一番太龍寺へ後半

5/15(火) この日二つ目の「遍路転がし」を越えて、21番札所太龍寺を目指しました。 

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ワンちゃんと遊んだ後、いよいよ急坂の上りが始まりました。 

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早くも休んでいるお遍路さんがいました。

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延々と続く上りの道の先には、頑張って上ってゆくお遍路さんの姿が見られました。私も、へこたれないように後に続きました。

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最後の頑張り。

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石段の先にようやく山門が見えてきました。 

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21番札所太龍寺は、標高618mの太龍寺山の山頂近くにあります。

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何とか上りきりました。

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本堂へはさらに石段を上りました。これがきついのです。

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太龍寺は「西の高野山」と呼ばれていて、境内の大杉は美しく大伽藍は荘厳な佇まいでした。

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二つの遍路転がしを乗り切った証の納経帳。 

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弘法大師空海は15歳の修行僧の頃から三度にわたり、この山頂で修行したといわれています。 

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太龍寺の仏様たち。

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この日のこの後の行程では500mの坂を下るのですが、私はロープウェイで下ることにしていますので昼食をとりながら一休みしました。

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「民宿金子や」で作ってもらったおにぎりと、途中の道端にあったご接待用のみかんで昼食にしました。ミカンは渇いたノドを潤してくれ、甘酸っぱさが広がりました。ご馳走様でした。

雨にも降られず、無事に山を越えることができました。金剛杖が大活躍してくれました。平地を歩く時には、慣れないため、上手くバランスがとれなかったのですが、平地でも遍路道でもようやく馴染んできました。 

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2019年3月24日 (日)

旅の空2007年 四国巡礼 19二十一番太龍寺へ前半

5/15(火) この日のもう一つの霊場21番札所太龍寺への道はこの日の二つ目の「遍路転がし」で、距離も6.5kmと長いので鶴林寺での参拝後早々に出発しました。

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元気なおばちゃん遍路。車と歩きを併用しているランニングのグループとか。  

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おばちゃん軍団の下るスピードの速いこと。  

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鶴林寺(標高550m)から標高40mの那賀川まで一挙に下りました。上ってくるお遍路さんたちは大変そうでした。  

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ところどころ展望が開けている場所がありました。これから向かう難所を考えると景色を楽しむ余裕はありませんでした。  

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道端にはご接待用のミカンが置いてあり、今までもあちこちに置かれていてノドが渇いたときなど本当にありがたいです。  

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このルートでは随分お遍路さんを見かけました。それぞれ何を考えて歩いているのでしょうか。  

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「同行二人」と書かれた菅笠と金剛杖を持つ姿はお大師様と一緒に歩いているということで、そのお遍路さんに功徳を施すことは「善根」を積むことであり、自分に代わってお参りをしてもらうという意味も込められています。宿の提供もそうですし、中には「善根宿」という宿泊施設があちこちにあります。  

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ぽつんとうどん屋があり、飛び込みました。釜揚げうどんの美味しかったこと。  

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なかなか見つからなかった自販機をようやく見つけました。  

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この那賀川は鮎釣りの名所だそうです。四国は川が多く、川を見ながらの歩きは心地いいものです。四国の川はきれいであちこちで鮎が泳いでいるようです。 

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那賀川から離れて、せせらぎの音を聞きながら再び山の中に入っていくようでした。  

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白いワンちゃんがいるところからまた「遍路転がし」の上り坂となりました。ワンちゃんの相手をして一休みしました。  

徳島の人は、いや四国の人はすべてかもしれませんが、皆さん親切です。お茶や甘夏等をご接待してくれるのですが、ただでさえ重く感じるリュックがとんでもなく重くなったり、リュックに入りきらなくなることもありました。ありがたいことです。  

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2019年3月22日 (金)

旅の空2007年 四国巡礼 18二十番鶴林寺

5/15(火) 徳島県6日目。今日の歩行距離は10kmと短いのですが、「一に焼山 二にお鶴 三に太龍」とうたわれた鶴林寺と太龍寺の「遍路転がし」といわれる山を二つ越えます。先ずは4km先の第二十番札所鶴林寺を目指しました。平坦な道であれば1時間くらいですが、ガイドブックによれば2時間かかるとのことでした。  

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昨晩は9時消灯で、今朝5時起床。すっきりとした目覚めでした。朝食をしっかりとって、足のマメができそうなところを手当して、宿で作ってもらったおにぎりを二個とお水を持って出発です。天気は大丈夫そうです。

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行程図を見ると、この日歩く道は山の中、二つの峠を越えます。

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緊張感に包まれながら06:00に出発。しばらく歩くと標識が出てきました。

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ストックを両手に持って、かなりのスピードで歩いていくお遍路さん。 

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集団で遍路転がしを歩くとのことですのでついていくことにしました。 

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鶴林寺への林の中の難所、「遍路転がし」を駈けてゆく修験者みたいな人も。

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見晴らしのいい場所に出るとほっとして一息つきました。

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林の中の道を抜けると石段となりました。いたわり合いながら上ってくる二人連れのお遍路さん、ご夫婦か。

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黙々と、足を引きずりながら上ってゆくお遍路さんも。心で般若心経を唱えているかも。 
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フーフーいいながら、何とか20番札所鶴林寺に着きました。標高550メートルの鷲が尾の山頂にあります。 
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山門をくぐった境内は、由緒ある古刹というとてもいい雰囲気でした。 
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弘法大師がこの山で修行していたとき、雌雄2羽の白鶴がかわるがわる翼をひろげて老杉のこずえに舞い降り、小さな黄金のお地蔵さんを守護していた。この情景を見て歓喜した大師は、近くにあった霊木で高さ90センチほどの地蔵菩薩像を彫造、その胎内に5.5センチぐらいの黄金の地蔵さんを納めて本尊とし、寺名を鶴林寺にしたといわれます。 
この日の一つ目の「遍路転がし」を越えてホッとしましたが、二つ目の「遍路転がし」はさらに距離もあり大変そうでしたので気を緩めることはできませんでした。
ブログのデザインがリニューアルされ、まだ操作に慣れていないためにとても見にくいものとなっています。

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2019年3月19日 (火)

恩師の桜

3/17(日) 大学ゼミの同窓生K名誉教授の声かけで、恩師の加藤寛先生の墓参を兼ねた花見会が行われました。   
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加藤先生が2013.1.30にお亡くなりになって6年が経過しました。福田首相や中曽根首相から小泉首相まで歴代首相の御指南役や政府税調会長をお務めになり、国鉄民営化に尽力されましたが、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)創設も加藤先生ならではの功績です。


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SFCに加藤先生を追悼して2013.4.3に植樹された桜(啓翁桜)が大きく育ちました。


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SFCに今でも時々顔を出しているK君が、開花時期を予測し知らせていただきました。燦々と降りそそぐ春の陽を浴びて、花びらが最高の見頃になっていました。加藤先生がこの日をお待ちになっていたかのようでした。


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植樹された桜は、先生が創設されたSFCの本部棟を眺めているようでした。従来の大学のカラーを脱した加藤先生の理想に燃えた独特の教育方針とシステムもまた花開き、多くの人材を輩出しています。


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かつてここにも籍を置いたK君の案内でキャンパスを散策しました。春休み中のために学生の数は少なかったのですが、こんな環境で勉学に励める学生さんたちは幸せです。


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ちょうど昼時でしたので、K君の案内で茅ヶ崎にある湘南唯一の蔵元、熊澤酒造に場所を変えました。


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蔵元料理「天青」は予約で満員でしたので、イタリア料理のレストランに入りました。ここも満席で30分くらい待たされました。


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なんといっても魅力なのは「天青」の朝しぼりがいただけることで、一度訪れてみたいと思っていた酒造所でした。


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人気店らしくスタッフもキビキビと働いていました。


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全員で、加藤先生を偲んで「天青朝しぼり」の盃を捧げました。もっとも先生は下戸でしたので、代わりに私たちが。


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イタリアンは、天青にも湘南ビールにも、赤ワインや白ワインにも調和していて美味しく、アルコールも心地よく回って舌も滑らかになり、早春の宴となりました。
SFCは1990年に創設され、創立25周年記念の際に訪れて以来でした。今回集まった有志(おじさん)の姿はインスタ映えしないということもありますが、いたってシャイな連中ですので参加者の画像は割愛しました。

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2019年3月16日 (土)

旅の空2007年 四国巡礼 17若鮎と一軒宿

5/14(月) 19番札所立江寺からこの日の宿泊地へと移動しました。歩行距離は18.0kmと距離がありました。

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手強い二つの遍路転がしが待っています。

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立江寺からの道は町中から田園地帯の平坦な道を歩きました。蛙の鳴き声が聞こえたりして長閑な道でした。四国巡礼でもしなければ歩かないような道です。

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チャリンコ遍路さんがあっという間に過ぎ去っていきました。菅笠と自転車、似合わないようなあるいは自裁の先端をいっているのか。

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勝浦町という町に入るとお食事処の看板が目に入りました。鮎の絵が描かれていました。 

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車が通る舗装された道にも遍路マークの道標があり、この先の距離などが表示されていて助かりました。

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ゆったりと流れる川は勝浦川で、鮎が獲れるとのこと。この時、年輩のお遍路さんと一緒になりしばらく同行しました。徳島県の環境関係の仕事をしていたとかで、若鮎が獲られてしまうのが心配と言っていたのですが。

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この先コンビニや食堂などなさそうでしたので、天然の鮎定食の看板に引きずられるように「あおき」という食事処に入りました。しばらく同行した年輩のお遍路さんは先を急ぐということでここで別れました。 

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若鮎の天ぷらなど、美味しかったのでした。 

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若鮎を食べて元気がでて、番外霊場の「星の岩屋」に寄りました。弘法大師が、天に現れた不吉な星を墜落させるため、秘法を七昼夜修行したといわれる場所です。

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予定通りこの日の宿泊先、「民宿金子や」に到着しました。宿は一軒しかないためほとんどの人がここに泊まりますので、三々五々到着する顔ぶれは大半が顔見知りでした。翌日の21番札所鶴林寺(かくりんじ)から第二十二番札所太龍寺(たいりゅうじ)への道は2ヶ所の遍路道で距離も11kmあります。ここは言わば登山基地のようなところです。

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歩き始めたときはどう扱うのがいいかと試行錯誤をくり返した金剛杖、山中では護身用になったりマムシ除けになったり強い味方になっています。舗装されている道や橋を渡るときは突かないように持ち、遍路道では登山の時のストックのような使い方が板についてきました。

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部屋は一応個室ですが、隣室とは昔懐かしいアコーデオンカーテンで仕切られていました。隣室の音はツツヌケですが疲れていますので大抵気にしないで寝てしまいました。古い畳が変色しているのも大変郷愁をそそり落ち着きました。

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ご接待でいただいたミカンと食後のデザートで、翌日の遍路転がしに備えて糖分補給と栄養補給しました。

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この日はアスファルトへの照り返しが強く、何回も梅干しを口に含み、水を飲むということの繰り返しでした。糖分補給や疲労対策に、梅干し、ドライフルーツ、ピーナッツ等を持ってきたのですが、ドライフルーツはあまり口にしませんでした。何と言っても梅干しです。しょっぱい梅干しはあっという間に無くなりましたので、途中の梅の里で購入し、持ち歩いています。カリカリ梅もあと二つになってしまいました。黒糖梅、乾燥梅等も重宝しました。 

ここで一緒になったお遍路さんたちは、どこかで同宿したか、道中一緒になったか、霊場で一緒になった人たちでした。この日は皆疲れ切った顔をしていて、足が痛くなったり大分疲労が蓄積されているようでした翌日の2ヶ所の遍路転がしの話題で盛り上がったり心配したりしました。

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2019年3月13日 (水)

旅の空2007年 四国巡礼 16十八番恩山寺~十九番立江寺

5/14(月) 徳島県の5日目は18番札所恩山寺から19番札所立江寺(たつえじ)を目指しました。歩行距離は22.0km。この日も天気は大丈夫で、ありがたいことです。 

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いつの間にか同行人となったマスコットがこの日も一緒でした。お大師様も一緒ですので同行三人ということになりました。お寺で般若心経と共にご詠歌や「南無大師遍昭金剛」を唱えますが、「南無大師遍昭金剛」とはお大師様に身をゆだねるという意味があります。

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ガイドブックに従って徳島駅前から18番札所恩山寺前まではバスに乗りました。バス停から10分歩いたところに恩山寺がありました。恩山寺は徳島県小松島市の小高い樹林の中にあり、朝の空気を心地よく感じました。ご詠歌は、子を産めるその父母の恩山寺 訪ふらひがたきことはあらじな 。

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鄙びた風情のあるお寺でした。 

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とても熱心なお遍路さんがいらっしゃいました。随分若い頃から歩いていて、昔はほとんど標識がなくて大変だったとのこと。

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恩山寺の境内には弘法大師が彫像したとされる大師像が安置されています。大師は「我が願いは末世薄福の衆生の難厄を除かん」と誓ったとのこと。

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恩山寺は大師の母「玉寄御前(たまよりごぜん)」ゆかりの寺で、御前の剃髪を祀ってある御母公堂にはどことなくユーモラスな釈迦十大弟子像が納められていました。

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18番札所恩山寺から19番札所立江寺までの4kmの道は久しぶりに歩く遍路道でホッとしました。とても変わった標識が。

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「義経ドリームロード」という見慣れない道標がありました。この道にはいろいろな標識がありました。 

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義経ドリームロードは、源義経が屋島の戦いに向かう途中、率いた兵に弓の弦を準備させたと伝えられる「弦巻坂(つるまきざか)」といわれる竹林の道でした。

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竹林はしばらく続き、太めの竹にはお遍路道シールが貼られていました。

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このあたりではポツリポツリとお遍路さんに追いついたりしたのですが、年輩の方は疲労がたまって足に来ている方が多いようでした。しばらく様子をみながら一緒に歩く機会もあったのですが、ほとんどの場合お互いのプライバーシーに触れるようなことを話すことはありませんでした。

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立江寺は遍路道から町中に入ったところにありました。白鷺橋という橋を渡った先に本堂がありました。

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19番札所立江寺は、邪心のある者や罪を犯した者はこれ以上先に進めなくなるという「関所寺」の一つです。八十八ヶ所には同じような関所寺が全部で4つあるそうです。

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他のお遍路さんたちも行動を開始していました。 

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立江寺の地蔵菩薩。

ここまでさまざまな形でご接待を受けてきました。四国では、お遍路さんに飲み物や食べ物を振舞ったり、無料で泊まる場所を提供したりすることを「お接待」という。車での送迎もありました。巡礼者はお接待を感謝して受け、「南無大師遍照金剛」と三回唱えて納め札を渡すのが礼儀とされています。お接待の元にあるのは「善根」という心なのです。

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2019年3月10日 (日)

旅の空2007年 四国巡礼 15十六番観音寺~十七番井戸寺

5/13(日) 国分寺から次の16番札所観音寺までは1.7km、ほほ30分くらいの歩行距離です。

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16番札所観音寺は、聖武天皇が勅願所として開基しました。町中にあるのですが、和様重層の鐘楼門には勅願所の風格が感じられました。

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観音寺に立っていた不動明王。

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ここでもたくさんの顔見知りのお遍路さんに会いました。神戸からの若者は、足に豆を作ったり皮がむけていて自分でケアしていました。

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羽田から飛行機で一緒だった埼玉からの若者は、歩き遍路完全野宿の為、重装備で足がヘロヘロとのこと。しかし元気そうでした。

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この日の最終目的地17札所井戸寺に着きました。井戸寺は天武天皇の勅願所として開基されました。

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弘法大師が直接彫ったという十一面観世音菩薩像が納められています。

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井戸寺の本堂。

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弘法大師がここを訪れた時、土地の人々が水不足で困っていることを知り錫杖で一夜にして井戸を掘ったとのこと。そこでこの地を井戸村と呼ぶようにし、寺号も妙照寺と改めたそうです。ご詠歌は、“面影をうつしてみれば井戸の水 結べば胸の垢や落ちなん” 。

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井戸を覗いてみて、水面に映った自分の顔が歪んでいなければ心が曲がっていないとのこと。私も覗いてみました。

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この日最後の霊場井戸寺から宿泊先の徳島駅前ホテルまで10km、最後の一頑張りと歩き始めたのですが、車で通りかかったママさんがご接待で駅迄送ってくれるというのでホイホイと乗せていただきました。

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おかげで2時間半も早く徳島駅に着くことができました。駅で下ろしてもらったのですがいきなりの都会的風景で、お上りさんになったような気分でした。

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駅前のビジネスホテルに投宿しました。ビジネスホテルですとどうしても仕事を思い出したりして四国巡礼とは場違いな感じですが、気楽といえば気楽でした。この先、ベッドで寝る機会も少ないと思いますので、ゆっくりと休養することにしました。

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早朝出発したかったので、朝食はコンビニで買ってきたおにぎりなどですませました。御接待でいただいたミカンは食後のデザートとしていただきました。 

この日歩いた道は風情がありませんでしたが、顔馴染みとなったお遍路さんにたくさん会いました。若い人が多いのは意外でした。若いうちから四国巡礼できることはいいことかもしれませんが、若いのに他にすることないのかなあ、いいのかなあと思ったりもしました。

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2019年3月 6日 (水)

旅の空2007年 四国巡礼 14十四番常楽寺~十五番国分寺

5/13(日) この日の最終目的地17番札所の井戸寺まで7.7kmの歩行距離ですが、その間4つの霊場がありますので霊場間の距離は短く、道も市内の幹線道路を歩きますので風情がまったくありませんでした。先ずは15番札所国分寺を目指しました。

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歩き始めてすぐ、唯一目を楽しませてくれたのが菖蒲でした。 “コツコツと杖突き立てて菖蒲かな”

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鮎喰川に沿って歩くのも涼しさを感じさせてくれました。

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鮎喰川を渡る橋。橋を歩くときには金剛杖を突かないのがルールです。

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14番札所常楽寺と15番札所国分寺との距離は1kmにも満たない短い距離でした。

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14番札所常楽寺。

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四国霊場のなかで唯一、弥勒菩薩を本尊としています。弥勒菩薩は567千万年の後まで、衆生の救済を考え続けて出現するといわれる未来仏です。

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常楽寺にはにこやかな仏様もいらっしゃいました。 

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アララギという巨木の間に弘法大師像が祀られていました。

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15番札所国分寺は常楽寺から0.8km先にありました。国分寺は聖武天皇の勅命で建立された国分寺の一つで正式には阿波国分寺といいます。 

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国分寺の本堂を入ると、極楽浄土でした。

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境内にはいくつかのお堂があり、こんな賑やかなお堂もありました。時間がないためにゆっくりとすることはできず、先を急ぎました。

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国分寺境内で顔馴染みとなったお遍路さんに写真を撮ってもらいました。

四国巡礼を始めて4日目ともなりますと、あちこちが痛くなったりしました。日頃歩き慣れていないお遍路さんは足を痛めているようでしたが、私はリュックのベルトが肩に食い込んで痛く、ベルトが当たる部分にタオルを当てたりしました。きちんとした登山用のリュックにすればよかったと思いました。

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2019年3月 4日 (月)

丹沢登山紀 2月

2月は寒さが厳しい日々が続きましたが、251318、24と4回登ることができました。

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2/5(火)、天気などなかなかタイミングが合わなかったのですが、前回(1/30)から中5日で2月初めての丹沢登山に出かけました。どんよりとした冬空で登山者も少なくひっそりとした登山になりました。

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22回目2/13(水)、天気は良くなかったのですが前回(2/5)から1週間ブランクが空きましたので、足慣らしに出かけました。表尾根の稜線は厚い雲におおわれ、雪を纏っていました。

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登り始めて2時間半が経った頃、小雪がパラパラと舞ってきましたので下山することにしました。

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登山口の大倉(戸川公園)の河津桜が寒空の下で花開いていました。 早くも春を予感させるような嬉しい便りでした。

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23回目2/18(月)は好天に恵まれました。葉を落としてしまった樹の枝の間から陽が射してとても気持ちの山歩きとなりました。

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表尾根コースの稜線も青空を背景にくっきりと見えていて、おーい!と呼びかけてみたいような気持ちよさでした。

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歩き始めて2時間、スタートした時は寒いくらいだったのですが、いくつかの急登を繰り返すうちに汗ビッショリとなりました。富士山の雪は左手静岡側に積雪はみられず、陽射しを受けていますのでもう今シーズンは白くなりそうもありません。

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八合目の花立山荘の急登を登りきってほっとしたのも束の間、目の前の小山を越えた先が山頂です。もう一頑張り。 

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頂上手前の最後のステップ。

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気持ちのいい山頂でした。天気も体調もよく、3時間ちょっとで登ることができました。

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登っている途中では雲一つなかったのですが、大気が暖められ山頂と麓に薄い雲がかかりました。

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2月は山が最もひっそりとする時期で、他の登山者も見かけず一人で黙々と冬木立の中を歩くのもいいものです。一人きりの世界に入れます。こんな時期には、NHKの「こころの時代 宗教・人生」(第3日曜日am5:006:00)の番組内容を思い返しながら歩くのもいいものです。

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初めて知った「唯識」という言葉、仏教の基礎理論として昔は仏教を志す人は全員学んだとのこと。興味を惹かれたのは、心のメカニズムを分析し心をコントロールしようとするということでした。修行の一つとして、「瑜伽行(ゆがぎょう)」があり、それを実践するインド瑜伽行派(唯識派)は中国の唐時代創始の大乗仏教宗派の一つなのです。

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唯識は心と体を整えるさまざまな智慧を持っていて、座禅も修行の一つと考えられています。座禅をしながら心を無にすることも、あるいは座禅をしながら数を数える「数息観(すそくかん)」という意識して息を吸って息を吐くという行もあります。

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歩きながら呼吸を意識する「数息観(すそくかん)」することもできます。ものが見えてもただ見えているだけで見えているものを意識しない。鳥の声が聞こえてきても「なんの鳥だろう」などとは考えないでただ聞く、ただ聞こえてくるだけ、という心を無にする行もあります。

この時期、自然や自分の心と対話しながらの山歩きも楽しいものです。もちろん、帰りの電車の中でのビール付きですが。

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2019年3月 1日 (金)

旅の空2007年 四国巡礼 13十三番大日寺

5/13(日) 温泉ホテルですっかり疲れがとれました。徳島4日目は13番札所から17番札所まで5つの霊場を巡ります。歩行距離は16km

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先ずは5km先の13番札所大日寺を目指しました。徳島市へ向かう平坦な道で、舗装されているのですが車はあまり通らず、山に囲まれた長閑な里を歩きました。

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しばらく行くと道は二つに分かれていました。山道に入ろうとしたのですが・・・。

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“迷いやすい道なので、初めての人は自動車道を歩いて下さい” という標識があり、指示に従って自動車道へと向かいました。 

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鮎喰川(あくいがわ)を左側に見て、変わる景色を楽しみながら、風を感じながら徳島市に向けて歩きました。鮎喰川はその名の通り鮎がたくさん生息していて、神山地区を源流とする一級河川でやがて吉野川と合流します。

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徳島市に入りました。

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この先、山道や田園を抜ける道から遠ざかり市の中心部へと向かいます。

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巡礼を始めてからコンビニはほとんど見ませんでしたが、初めてコンビニでトイレをお借りしました。

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夢にまで見たソフトクリーム、こちらではソフトアイスと言いますが美味かった。

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今日最初の目的地、13番札所大日寺に到着しました。

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4番札所も大日寺という名前で、4番札所のご本尊は大日如来ですが、ここのご本尊は十一面観世音菩薩でした。

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大師堂の前では、お遍路さんのグループが般若心経を唱えていました。慣れているのでしょうか、声が揃っていました。

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大日寺にいらっしゃった仏様。

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幸せの願いを祈る「しあわせ観音」。合掌している手を模した中に小形の観音像が入っていました。

この境内で、懐かしの富士屋本家で同宿した、横浜から来ている女性と神戸から来ている若者と出会いました。懐かしくてはしゃいで写真を撮り忘れました。

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