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2019年4月27日 (土)

本の旅 バッグをザックに持ち替えて 06初めての山小屋泊まり

著者は作家という職業柄知り合いも多く、たくさんの山仲間ができました。居酒屋で知り合ったAさん夫妻は山岳会をつくっている本格派で、その輪が広がり中には蒼々たる人もいます。  

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深田良一氏もその一人です。アイガー北壁に登頂するような人は近づくのも恐ろしくて。(画像はアイガー北壁)  

1942年生まれ。20歳の時に山学同志会に入会。70年、アイガー北壁ダイレクト・ルート冬季世界第Ⅱ登。73年、RCCⅡエベレスト南西壁登肇参加。更にヒマラヤ・ジャンヌー北壁世界初登撃、カンチェンジュンガ北壁無酸素世界初登撃、等々、さまざまな登筆記録を樹立した登山家だったのである。」 

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山仲間には、編集者でフルマラソンランナーやトレイルランニング愛好家などプロではありませんが実力派のアスリートなども加わりました。またそこそこ著名な作家も加わり、気楽な登山会はいつしか山岳会の顔も持つようになりました。 

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浅間山でトレーニングを重ね、山仲間もできて、著者が浅間山山系以外の山で初めて挑戦したのが涸沢カールでした。総勢5人で日程は余裕を持って34日。著者にとっては初めての泊まりがけ登山でした。  

「初めての上高地は、パンフレットで見るのと同じだった。美しく透き通った梓川、そしてシンボルでもある河童橋。どこも登山者と観光客でごったがえしていた。上高地に到着後、すぐに出発して、明神、徳沢をそれぞれ一時間ほどかけて歩いてゆく。今夜は横尾(1600メートル)で一泊の予定だ。」

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著者の山小屋宿泊初体験は横尾山荘で、山小屋としては別格に居心地がいい山荘です。こういう体験がいいのか悪いのか。  

「初めて泊まる山小屋は横尾山荘。イメージとして、山小屋は狭くて暗くて、布団や枕は古びていて湿っぽく、ぎゅうぎゅう詰めで寝かされる、と思っていた。けれどもそこは建物も新しく、山小屋というよりペンションに近かった。部屋にはいくつか種類があって、私たちが通されたのは、二段ベッドが四組並んだ8人部屋だ。知らない人たちと一緒なのは少し気を遣うけれど、ベッドはカーテンで仕切られているので、ある程度のプライバシーは守られる。食事も想像していたよりずっと美味しかった。お風呂もあって有難かった。」

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涸沢カールへの行程は初心者向けといわれていますが、それでも北アルプスですので決して楽ではありません。私が行ったときも雨でした。(画像は20179月) 

「翌朝も天気はすぐれず、雨が降っていた。登山道は岩場だったりガレ場があったりしたが、怖さに足を疎ませるというような箇所はなく、目的の涸沢カールまであと2時間の予定だ。ここから勾配はやや急になり、だんだん息が上がっていった。慣れた人には笑われてしまうだろうが、やはりその頃の私にはなかなかにきつい行程だった。ただ、登れば登るほど黄色く染まったダケカンバや燃えるように赤く色づくナナカマドが目に嬉しく、気持ちを後押ししてくれる。」 

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涸沢カールへの行程は初心者向けといわれていますが、それでも北アルプスですので決して楽ではありません。私が行ったときも雨でした。(画像は20179月) 

「翌朝も天気はすぐれず、雨が降っていた。登山道は岩場だったりガレ場があったりしたが、怖さに足を疎ませるというような箇所はなく、目的の涸沢カールまであと2時間の予定だ。ここから勾配はやや急になり、だんだん息が上がっていった。慣れた人には笑われてしまうだろうが、やはりその頃の私にはなかなかにきつい行程だった。ただ、登れば登るほど黄色く染まったダケカンバや燃えるように赤く色づくナナカマドが目に嬉しく、気持ちを後押ししてくれる。」 

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著者のグループが宿泊した山小屋は多分涸沢ヒュッテだと思います。紅葉の最盛期には超々混雑する、通路やトイレの前まで人であふれると聞いていましたので、私は涸沢小屋にしかも最盛期を外して泊まることにしています。画像は20179月に丹沢で知り合ったMoeさんとの同行j時。この日は8人部屋を6人(3組の夫婦やカップル)で使用でしたが、それでもリュックの置き場に困り廊下に出しました。   

「そして、山小屋に入ったのだがそこは想像していた通りの場所だった。指定されたのは二階の大広間の一画で、行ってみると三畳の広さに三組の布団しか置いてない。私たちは5人。確かに混み方は大変なものだったが、ザックを置くスペースもない。『ここなの……』 私は自分に言い聞かせた。これがきっと山小屋に泊まる醍醐味に違いない。こういう状況を楽しめるようにならなくては山登りをする資格がない。その夜、横並びに寝るとあまりにも顔が近いので、交互になって眠った。エチケットとして靴下だけは新しいものに替えた。」 

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画像は20179月にMoeさんと同行したとき、8人部屋で6人でしたので布団は一人一枚ずつ使えましたのでゆっくり眠ることができました。それでもMoeさんは他の人のイビキで寝られなかったとぼやいていました。  

「後日、知り合いの山屋の方にその話をすると『それはきつい。テントにした方がいい』と言われた。やはりベテランでも三組の布団に5人は辛いようである。」 

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私は何回か涸沢カールに出かけているのですが、朝焼けのモルゲンロートを眺めたことはありません。著者はその絶景を眺められたのはラッキーです。  

「ほとんど眠れぬまま朝を迎えた。外を見ると、幸運にも天気は回復していた。急いでダウンジャケットを着込み、外に出ると、すでに多くの登山客が立っている。三脚でカメラを構えたおじさんたちもいっぱいいる。気温は0℃くらいだ。震えながらしばらく待っていると、やがて山肌が赤く染まり始めた。夕陽のような濃厚な赤ではなく、澄んだ赤。辺り一帯がみるみる色を変えてゆく。空も雲も人も赤に染まってゆく。モルゲンロートだ。『何てきれい……。』 昨夜はあんなに荒れていたのに、こんな美しい風景を見せてくれるなんて、自然は優しいのか、気まぐれなのか。」 

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登山では登頂後の下山が難敵です。疲れていますので足の力が弱くなっていて踏ん張りもきかなくなっています。  

「たっぷりとモルゲンロートを堪能してから、朝食を済ませた。荷物をまとめ、さあ下山である。この下山が意外と曲者だった。昨夜降った雪と霞が凍り、道がつるつるになっている。滑ったら転ぶだけでは済まない。きっと坂道を転げ落ちてしまう。山の事故は90パーセントが下山時に起こるという。すっかり緊張して、ストックを持つ手に力が入り、肩ががちがちに凝ってしまった。」

「横尾から上高地への戻り道も思いがけず辛かった。勾配はないので体力的には楽なのだが、距離の長さにだんだん気持ちが萎えてゆく。次の山小屋に着いたらソフトクリームを食べよう。熱いコーヒーを飲みたい。いや、やっぱりビールでしょう。そんなことばかり考えながら足を運んだ。登山は、下山後の呑み会がセットになってこその楽しみなのである。」  

山小屋を利用しての登山をしたいと思うのですが、最大の悩みは山小屋の混雑です。贅沢は言ってはいけないとわかっていますので、せいぜいピークを外すとかの工夫はしています。私の最大の混雑体験は富士山でした。それが嫌ですので、よほどのことがない限り宿泊しないで徹夜で登る弾丸登山を選択してきました。 

 

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