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2019年5月17日 (金)

本の旅 バッグをザックに持ち替えて 09富士山は、登る山か眺める山か(前半)

著者も富士山に挑戦することになりました。私は2008年に初登頂して以来、2017年まで24回(何回かは天候不良や体調不良で途中下山)登りました。著者の富士山登頂記は、今まで登ったことのない人には参考になることが多いと思いますので、今回はできるだけ原文を掲載します。(画像は私の富士山登山記から転載しました) 

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(画像は2015.4羽田から福岡へ向かう飛行機からの撮影) 「ある時、富士山に登ろうという話になった。静岡県出身の知人が『静岡県出身なのに、まだ富士山の山頂に立ったことがないんです。一度、登りませんか』と言い出したのがきっかけだ。それを聞いた他の知人も賛同した。私もすっかりその気になった。やはり、日本最高峰・標高3776メートルの頂上に一度は立ってみたい。聞けば、日本で二番目に高いのは南アルプスの北岳で、こちらは標高3193メートル。600メートル近くの差がある。富士山は日本で断トツに高い山なのだ。」 

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「実現したのは、世界遺産に登録(2013年)される前年の八月後半である。毎年、登山者数は30万人前後。それもシーズンの2ヶ月間だけでその人数が登るのだから驚いてしまう。単純計算で、毎日五千人が登ることになる。メンバーは7人。東京から来る彼らは、早朝、新宿からバスに乗り、午前10時ごろに吉田口(スバルライン五合目・標高2305メートル)に到着する。私は出発が軽井沢なのと、メンバーの中でいちばん年上だし体力にも自信がないので、前日入りし、麓のホテルで一泊した。」 

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「到着した日は曇っていて、残念ながら富士山の姿は見えなかった。それでも夜になって雲が途切れ、夕闇の中に美しい稜線が浮かび上がった。登山道に登山者のヘッドランプが列をなしてゆらゆら揺れているのが見える。明日は自分がそこを登っているのだと思うと、ちょっと興奮した。」 

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「翌朝、予定通りに吉田口でメンバーと合流した。吉田口もすでに2300メートルあるので、高度に慣れるため、1時間ほどぶらぶらして過ごすことになった。それにしても登山口前の広場は賑やかだ。レストランや土産物店が何軒もあり、これから登る人、下りてきた人、観光客などの老若男女で大混雑している。外国人もすごく多い。ザックを背負いウェアを着込んだ登山客はもちろん、ハイヒールにミニスカート姿の観光客も混在している。 

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(画像は泉ケ滝の分岐点、ここから傾斜がきつくなる) 「午前11時になって出発した。登山口からはなだらかで、馬や馬車も通る広い道が続いていた。泉ケ滝の分岐点からの登りに入ると、樹林帯が続き、少し傾斜がきつくなった。いやいや、これできついと言ったら笑われるだろう。息が少し上がる程度だ。」  

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(画像は六合目の安全指導センター) 「1時間半ほど歩いて六合目に到着。とはいえ、まだ標高差90メートルしか登ってないと聞かされて、軽くショックを受けた。」 

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(画像は六合目の登山道と下山道の合流地点) 「周りは相変わらずガスに包まれている。天気はイマイチだけれど、その分、涼しい。いや、涼しいどころか、立ち止まっていると肌寒いくらいだ。たぶん地上では30℃を軽く超えているはずだというのにここは別世界だ。水だけはしっかり飲むように、と、リーダーからしつこく言われた。脱水は高山病を招く大きな要因になる。」 

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「樹林帯を抜けるとようやくガスが晴れた。目線を上げれば、登山道が頂上に向かって九十九折に続いている。想像していたより遥か先まで伸びていて、ちょっと不安になった。道は石ころだらけのガレ場で、かなりの斜度だ。とにかく登る。ひたすら登ってゆく。だんだん息が上がり、後から来た登山者に抜かれてしまうが、どうしようもない。自分のペースで登るしかない。」 

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「午後二時少し前、標高2700メートルの七合目に到着した。残念ながら、ガスがかかって景色はほとんど見えない。宿泊予定の山小屋は八合日にある。到着まであと一時間半ほどかかるという。水を飲み、チョコレートを食べ、アミノ酸を摂り、しばし休憩したのち、再び登り始めた。」 

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「この辺りから登山道が狭くなった。岩場の急斜面が続き、登っても登っても登りが続く。はぁはぁと、呼吸は荒くなる一方だ。酸素が薄い。なかなか肺に入ってこない。さすがにメンバーたちもすっかり無口になっていた。」 

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(画像は山小屋と山小屋からの景色) 「午後3時過ぎ、ようやく宿泊する八合目の山小屋(3100m)に到着した人生初の3000メートル超えだ。今日は休憩を含めて4時間余り、標高差800メートル弱を登ったことになる。無事に辿り着けてホッとした。」 

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陽が落ちると、ガスが切れ、富士吉田の街の明かりがきらきら輝いているのが見えた。ああ、こんな高いところに登ってきたんだなあ、と実感した。明日、出発予定は午前一時。ご来光を拝めますようにと祈りながら、七時半には床に着いた。」

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「ところが、これが眠れない。疲れているはずなのに目が冴えている。夜になっても弾丸ツアーとおぼしき登山客がひっきりなしに登っていて、登山道に面している山小屋には足音や話し声が筒抜けだ。うとうとしてすぐ目覚める、を繰り返した。そんな状態のまま午前零時前には起きて、出発の用意を整えた。寝不足で大丈夫かな、と不安になったが「問題はない」とのこと。むしろ熟睡すると、呼吸が浅くなり高山病に確りやすくなるという。」 

富士登山では山小屋に泊まらない弾丸登山がほとんどでしたが、泊まざるをえないときには眠ることは諦め、身体を休めれば十分と思うことにしました。

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