旅の記憶 南米ペルー紀行 クスコ出発
2015年11/23(月)~24(火) マチュピチュ村でたっぷりと時間を過ごし、来た時と同様列車でクスコへ向かい、クスコからリマへと飛行機で移動しました。
マチュピチュ駅周辺にようやく日暮れが訪れてきました。あたりは急に冷え込んできて、まわりも暗くなってきました。
列車の発車予定時間は18:20、私たちは少しゆとりをもって改札口へと向かいました。
列車はゆっくりとホームに入ってきて、私たちは指定の車両へと向かいました。列車に乗り込む時、パスポートとチケットの提示を求められました。
乗車して、荷物置き場にリュックを置いて指定された座席に行くと、後ろ姿からは外国人かハーフかと思うような女性が通路側に座っていましたので、英語で語りかけたところシャキシャキの日本語が返ってきました。何と、東広島市西条町という何回か訪ねたことがある酒どころ出身のHitomiさんという日本人女性でした。アメリカのマイアミに住んでいて、ご主人がスウェーデン人(イケア勤務)で、Hitomiさんはアルゼンチンの広告代理店のデザイナーとのこと。マイアミには日本人が少なく、日本語に飢えていたとかで、終点までの2時間近く、お互いに飽きもせず話が弾みました。
私たちツアー一行の他は外国人ばかりで、Hitomiさんは外国人との隣り合わせではなくて私たち日本人との同席であることを喜んでくれました。話の中で、なんで外の景色が見えない夜の列車に乗っているのかと聞かれ、それは多分この時間帯は料金が安いからということをHitomiさんから教えられました。なるほど、昼間の明るい時間帯は料金が高く、夜は安いということがわかりました。少しくらい高くなってもよかったのにとちょっと残念でした。
20:12 Hitomiさんとワイワイガヤガヤ話をしているうちに終着駅に着きました。Hitomiさんとはお互いの旅の無事を祈りつつ、ここでお別れしました。
20:53 予定では、夕食はホテルに着いてからということになっていたのですが、それでは22:00過ぎになってしまいますし、ホテルでの予定メニューのパスタは美味しいそうでもないということで、急遽途中のレストランでとることになりました。素晴らしいレストランに連れて行ってもらいました。
飛び入りで、アンデスのフォルクローレの演奏が始まりました。哀愁を帯びた独特の音色とメロディーが響きました。旅の思い出に千円のCDを買いました。
メインの料理はサーモンのフライで、サーモンはしっとりとして脂っこくなく、ツアー全体を通じてはリマの海辺のレストランで食べたシーフードに次いで美味しかったのでした。
デザートも、フルーツの種類が多く、これも美味しかったのでした。
レストランの雰囲気は品格があってとてもよかったのですが、礼拝堂もあり、アンデス山中にこれほど立派なレストランがあるとは思いもよりませんでした。
05:15 前日は22:30にホテルに着き、この日は04:30出発という超ハードなスケジュールでしたが、全員寝坊することもなく遅れることもなく、順調にクスコの空港に着きました。ポーターさんが私たちのスーツケースを運んでくれました。帰国への長いフライトの始まりでした。
05:22 リマ行きのフライトは07:00でしたので時間はあり、早朝で空いている搭乗手続きもスムーズでした。
05:33 現地ガイドのマルセロさんとはここでお別れでした。とても情熱的な人で、もう一度日本に行きたいと何回も言っていました。
06:30 リマ行きフライトの搭乗開始となりました。羽田~サンフランシスコ~ロス~リマ~クスコ~リマと、5回目のフライトでした。
インカ帝国の首都クスコ、標高3,400mの高山都市クスコともお別れでした。リマ空港に向けて、出発しました。































































































































































































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