« 2026年1月 | トップページ | 2026年3月 »

2026年2月26日 (木)

旅の記憶 パタゴニア物語 アルゼンチンへ

2016年2/4(木) 成田から12時間近くのフライトを終えてホッとしたのも束の間、次はアルゼンチン・ブエノスアイレスまで19時間35分のフライトが待っていました。 

01dsc05267

11:41(日本時間:以下同じ) ドバイはアラブ首長国連邦の首長国の一つで、中東屈指の世界都市であり金融センターでもあります。とても興味があったのですが、たった2時間のトランジット滞在でした。時差は-5時間ですので現地時間は06:41、飛行機は07:10(現地時間)出発予定でした。 

02dsc05274ca

11:47 搭乗が始まりました。いよいよ前代未聞の超長時間フライトの始まりで、エミレーツ航空のCAは笑顔で出迎えてくれたのですが、機体のドアが地獄への入口にも思えました。 

03dsc05275

通路側に着席しました。隣には外国人(国籍不明)の若者が座っていました。

04dsc05285

14:52 モニターにはこれからのフライトルートが映し出されていました。そのルートはアフリカ大陸を越えるもので遠いわけです。  

05dsc05286

15:00 最初の食事が出ました。現地時間で考えれば朝食ということになりますが、日本時間で考えれば昼食ですが、それ以前に前の食事は何時に食べたのか覚えていなくて、結局は体調を考えてスクランブルエッグとフルーツだけ口にしました。 

06dsc05287

15:14 流動食(白ワイン)はしっかりととりました。エミレーツの顧客満足度が高いと聞いていたのですが、食事の後にアルコールやジュースなどの飲み物が出てきて、アレッと思いました。普通は飲み物が先でしょうと。 

08dsc05293

17:05 ドバイを出発(12:10)してから5時間近くが経過したところでウィスキーをオーダーしました。 

09dsc05296

18:06 私たちが乗った飛行機は北アフリカ辺りを飛んでいました。昨年北アフリカ・モロッコに行きましたが、こうしてみると遠いと思っていたアフリカはそれ程でもないことがわかりました。南米はもっと先です。 

10dsc05302

20:15 ドバイを出発して8時間経過したところでピザが出ました。最初の食事にほとんど手を付けませんでしたので小腹が具合よく空いていましたので、赤ワインと共に美味しく完食しました。 

11dsc05310

23:34 飛び立ってから11時間経過して、機体は大西洋の上空を飛んでいました。もしこんなところで墜落でもしたら(自分にとっては海洋葬ができそれでもいいのですが)遺族が現地を訪れたりするのは大変だろうなあとつまらないことを考えたりもしました。 

12dsc05311_20260226072501

00:22 これは昼食か夕食か、大西洋上にいますので現地時間が何時かということはわからず、ピザを食べてから2時間しか経過していませんでしたので、流動食(白ワイン)とデザートだけにしました。 

13dsc05315

01:30(日本では日付が変わっていました) 飛び立ってから13時間20分が経過して、乗客の中には席を立って屈伸運動をする人が目立ち始めました。 

14dsc05317

01:56 給油地のリオデジャネイロまで残り1時間近くとなりました。

15dsc05322

03:40 ドバイを出発して15時間30分後にリオデジャネイロに到着しました。予定より遅れていたようです。乗客同士顔を見合わせて苦笑いしたり肩をすくめたりしました。 

16dsc05325

03:41 リオデジャネイロまでの人はここで飛行機を降りましたが、私たちは機内待機となりました。 

17dsc05327

03:48 ここはブラジル・リオデジャネイロで、リオといえばオリンピック、カーニバル、ジカ熱で世界からいろいろな意味で注目を集めている都市ですが、私たちは機内に閉じ込められたままで、ハイジャックに遭った人質のような気分でした。 

18dsc05331ca

04:03 機内待機の間、CAの交代、給油と清掃が行われました。その後、アルゼンチンに向かう新たな乗客が乗り込んできました。

19dsc05336

06:15 リオからアルゼンチン・ブエノスアイレスまでは3時間ちょっとのフライトでした。今までに比べればどうとない距離でしたが、ドバイで機内に入ってから18時間経過していました。 

20dsc05339

06:37 そしてまた食事。食事は半分だけにして白ワインを飲みました。アルゼンチンは牛肉の国ですので、胃腸の調子は万全にしておきたいと思い、腹五分目を心がけました。 

21dsc05340

06:53 隣の若い外国人や乗客の皆さんたち多くの人たちはさすがに疲れたのか眠っている人が多かったのですが、私は成田~ドバイ間でよく寝ましたのでほとんで眠りませんでした。

22dsc05342

08:25 ようやく到着し、飛行機を降りることができました。ここまで機内に20時間いたことになりました。予定(19時間35分)より遅れたようです。

23dsc05347

09:05 出国手続きを終え、税関を通ってようやくアルゼンチンの土を踏みました。出口には多くの人が出迎えていました。成田から32時間かかりました。 

24dsc05357

09:18 目についたのが、腰回りの豊かな女性が多いことでした。さすが牛肉の国。 

25dsc05359

09:41 ホテルまでのバスに乗ると、現地ガイドのU・スランジさんが出迎えてくれました。スランジさんは日系3世とのこと、週に3回は600gのビフテキを食べると聞いてびっくり、今はスリムですが、やがては腰回り豊かになるのでしょうか。アルゼンチンにはペルーなどと違って日系移民は少ないのですが、移民の中では日系人が最も信頼されていると胸を張って言ったことが印象的でした。 

26dsc05360

10:13 日本とアルゼンチンの時差は-12時間で、昼夜がまるで逆で、やはり地球の裏側でした。バスの中から見たブエノスアイリスのこのシーン、コミカルなペイントのようなアートが描かれた小屋とポリスとパトカー、異国に来た感じがしました。 

27dsc05363

22:31(現地時間:以下同じ) ようやくホテルにチェックインしましたが、ホッとしたのも束の間、翌日の出発は02:45のため02:00には起きなければならず、地獄のようなスケジュールでした。日本を出発したのが冬の寒い日、ブエノスアイリスは真夏で気温は30℃、これから向かう最果ての地は寒い、ということでどういう服装で行動するか、手荷物あるいはリュックには何を詰めるかなど、荷物の整理などしなければならず、睡眠時間は短くなるしなど、ちょっと厳しいスケジュールでした。もっとも西遊旅行社のツアーではこういうことはよくあることです。

成田を出発して飛んでいた時間は30時間、機内待機を含めると32時間はさすがに長かったのですが、添乗員さんによると世界一長いフライトのことでした。機内で何をしていたかといえば、成田~ドバイ間は割とよく寝ましたが、ドバイ~ブエノスアイリス間は食事して飲んで読書して、時々モニターでフライト情報を見ているうちに着いたという感じでした。席が通路側だったこともあり、意外に疲れを感じませんでした。帰路も同じかと思うとゾッとすることもありますが、これでどんな遠い国や所(この路線以上に遠い所はありませんので)に行けるという自信がつきました。 

| | コメント (0)

2026年2月23日 (月)

旅の記憶 パタゴニア物語 ドバイへ

Photo_20260223074401

出発の時が来ました。今までで一番長い旅の始まりです。成田~ドバイ12時間、ドバイ~サンパウロ14時間30分、サンパウロ~ブエノスアイレス(3時間20分)、合計30時間のフライトです。サンパウロまでは入国・出国が一切なく、機内待機とトランジットがあるのみです。成田からは東京組5人、大阪組は6人+添乗員でドバイで合流となっています。ドバイまではそれぞれ勝手に行くことになっていますので、そこまでは一人旅となります。腹を括って行ってまいります。  

01dsc05165

2016年2/3(水) パタゴニアへの出発の日がやってきました。なが~い旅の始まりです。先ずは11時間55分という12時間のフライトで中東ドバイを目指しました。ドバイからは19時間35分(給油のための機内待機を含む)のフライトが待っていました。

02dsc05175

リムジンバスは「みなとみらい地区」から高速道路に乗り、首都高を経由して成田へと向かいました。海外旅行の場合、留守中のあれやこれやに後ろ髪引かれる思いと、これから先の旅路への不安とが重なり合って重い気持ちになってしまうのですが、ベイブリッジを過ぎると、結界門をくぐったかのように現実世界から徐々に非日常的な世界への期待が高まってくるのはいつものことです。

03dsc05184

16:24 成田に着いて空港の独特の雰囲気に取り囲まれてしまうと、もう気持ちはこれから先の事しか考えませんでした。 

04dsc05183_20260223074401

出発は21:20ですから時間はたっぷりありましたので、ビール片手に、空港に集まっている様々な人たちや外国人を眺めながら、国際空港の雰囲気を楽しみました。 

05dsc05190

南米にはアメリカを経由するルートと中東を経由するルートがあり、今回は中東(ドバイ)を経由するルートで、21:20発のエミレーツ航空を利用しました。 

06dsc05187

18:23 搭乗3時間前に搭乗手続きが開始されました。海外旅行のような比較的長時間のフライトの場合は通路側の席に座りたく、特に今回のような超長距離フライトのケースでは絶対条件ともいえます。ツアー会社(西遊旅行社)が通路側の席をリクエストしてくれていますが、実際にチェックインするまでわからず多少不安でしたが、成田~ドバイ、ドバイ~ブエノスアイリスとも通路側の席が確保されてホッとしました。関空から来る添乗員さんとはドバイで合流することになっていましたので、各自でチェックインとなりました。 

07dsc05197

20:49 私たちが乗り込む機体は、12時間のフライトを前に静かに翼を休めていました。エミレーツ航空は、顧客満足度が高い会社として有名でしたので楽しみにしていました。

08dsc05202ca

搭乗が開始され、シートの前のモニターにはエミレーツ航空のCA(キャビンアテンダント)の画像が表示されていました。エミレーツ航空の利用は初めてで、以前からこの会社のCAの紅いキャップと長めの白いスカーフのようなファッションには興味がありました。実際のサービスに邪魔にならないのかと。 

09dsc05204

21:02 着席して、隣のシートは空席になりそうな気配でこのまま誰も来なければいいなあと祈るような気持ちでした。 

10dsc05208ca

21:17 いよいよ出発するというアナウンスがあり、CAは客席のシートベルトの確認を始めました。私の隣の席は空席であることが確定的となりラッキーでした。 

11dsc05210

最近は、ほとんどのシートにはモニターがあり、映画の上映だけではなくフィライト情報の表示もしてくれます。私はほとんどこのフライト情報を見ることにしています。上海、香港、デリー、ドバイなど中国やインドの都市の名前を見ると、海外旅行の実感が湧いてくるのでした。 

12dsc05212

22:49 夕食というか夜食というか、一回目の機内食が出ました。和食か洋食を選択でき、チョイスした和食の「カニの蒸し物」はなかなか美味しかったのですが、腹八分目、いや六分目ぐらいに控えめにしました。 

13dsc05213

00:19 食事を控えめにする代わりに流動食(アルコール)でカロリー補給を心がけました。ウィスキーを寝酒に、空いている隣の席も使って丸く横になり、十分な睡眠をとることができました。眠っているうちに日付が変わりました。 

15dsc05219

06:54 一眠りした後目覚めるともう目的地のドバイに大分近づいていました。出発してから10時間近くが経過していました。 

16dsc05222

06:56 朝食が出ました。メニューはスクランブルエッグとチキンソーセージでしたがあまり空腹は感じませんでしたのでフルートとエッグだけ食べました。 

17dsc05230ca

気になっていたエミレーツ航空CAの独特なファッションは、実際のサービス提供の際にはキャップとスカーフは被っていませんでした。 

19dsc05245

09:46(日本時間:ドバイとの時差は-5時間ですので現地時間は05:45) ドバイに到着しました。私たち東京組6人は何となくまとまって、添乗員さんと関西組5人との待ち合わせ場所へと向かいました。 

20dsc05250

ドバイ空港はとても広く、待ち合わせのターミナルへは空港内の列車で向かいました。初めての空港で戸惑いもあり、まるでお上りさんのような気分でした。 

21dsc05251

二両連結の列車は、早朝のせいかさすがに空いていました。

22dsc05254

さらに、待ち合わせ場所であるブエノスアイレスへのフライトの搭乗口へは、バカでかいエレベーターで移動しました。 

24dsc05262

私たちより1時間半遅く関空から到着した添乗員のHiromiさんと関西組の5人と合流しました。ここで東京組6人と合わせて総勢12人が顔を揃えました。

ドバイからのブエノスアイレスへのフライトのトランジット時間はほぼ2時間。ブエノスアイレスまでのフライト時間は19時間35分もあり、そのことを考えるとうんざりもしましたが、もうここまでくれば腹を括るしかありませんでした。 

| | コメント (0)

2026年2月20日 (金)

みちのく秘湯めぐり 乳頭温泉・鶴の湯

2016年1/7 ツアーの最終日は、三つめの秘湯「乳頭温泉・鶴の湯」に立ち寄ってから帰路につきました。

最終日の行程は、「黄金崎・不老不し温泉」から日本海沿いに南下し、秋田市内から田沢湖方面の内陸部に入り、「乳頭温泉」で入浴してから、盛岡駅でバスを降り、新幹線で帰京するというちょっとハードなスケジュールでした。

01dsc05014

日付が1/6から1/7に変わった朝、「不老ふ死温泉」の部屋の窓からの景色は、どんよりとした雲の下で白い波頭を見せている日本海でした。海辺の露天風呂には強い風が吹き付けていてとても寒かったのでした。 

02dsc05011

03dsc05009

04dsc05012

チェックアウトのためにフロントロビーに下りてゆくと、特産物が並べられていました。どれもこれも魅力的だったのですが、今回はここまでお土産や地元の特産物を随分買い込みましたのでパスしました。 

05dsc05023

専用バスが出発して間もなく前方に白神山地が見えました。ユネスコ世界遺産に登録された当初は、多くの人が訪れたそうですが、最近は当時の1/10とのこと。寂しいことですが、世界遺産は観光のためではなく自然や遺跡を遺産として残すということですから元の姿に戻ったということでしょうか。 

06dsc05040

バスは、日本海の荒波を右に見て黙々と南下しました。想像していた冬の日本海にしてはそれほど荒々しくない海をボンヤリと眺め、今年はどんな年になるんだろうかとか、いろいろなことが温泉でふやけた頭に浮かんできました。 

07dsc05056

大変なのは現地ガイドさんでした。長距離移動でしたので、大きな船を漕いでいる人もいる中タイミングをはかってマイクを握ったり置いたり、それでもかなりの時間マイクを握って、様々な話題を提供してくれました。 

09dsc05083

秋田市内から内陸部に入ると山の景色となり、雪の量も少しずつ増えてきました。 

11dsc05088gh

12:37 駒ヶ岳グランドホテルに着きました。ここで昼食をとり、「乳頭温泉」行きのシャトルバスに乗り換えました。 

12dsc05089_20260220074301

昼食のメニューは “きりたんぽ定食” で、少し身体が温まりました。

14dsc05114

「乳頭温泉」へは、シャトルバスに乗り換え、雪道を走りました。「乳頭温泉」は正確には乳頭温泉郷といい、乳糖山麓に点在する七湯の総称です。私たちが向かったのは乳頭温泉郷の「鶴の湯」でした。 

15dsc05118

13:35 「乳頭温泉・鶴の湯」に着きました。入口には関所のような門があり、その先の建物は宿泊所や休憩所になっていました。 

15_20260220074901

「鶴の湯」には、混浴露天風呂を中心に女性露天風呂、黒湯、白湯、中ノ湯などの内湯がありました。 

16dsc05121

渓流沿いによしずが張られていて、その内側が混浴露天風呂になっていました。温泉の色は乳白色というか濃いめのミルク色でした。深さは腰の下と膝の中間くらいで、立って歩くとスッポンポン状態となります。男性だけの時は、立って移動していましたが、ツアーの女性軍が入ってくるとしゃがんで移動ということになりました。ここではバスタオルの使用が禁止されていましたので、女性軍も入ってくる時は集団で首だけを水面に出して移動してきました。男性も女性もカルガモ状態でした。ツアーの女性軍56人(添乗員のRieさんやカミさんはパス)もカルガモみたいに行進してきました。他にヤングファミリーの5人家族(ご夫婦と一男一女と赤ちゃん)も入ってきました。欧米の男性も3人。 

17dsc05123

混浴露天風呂以外の内湯も比較的近い場所にありましたので、湯巡りができました。 

18dsc05128

内湯の浴室はどこも同じようなつくりで、それ程広くはありませんがよく温まることができました。 

20dsc05131

この「二号館」は休憩所で、中にはストーブや自動販売機などがあり、ツアー一行はここに集合しました。 

21dsc05134

「鶴の湯」の駐車場がある広場は除雪された雪が積まれていました。かなりの雪の量に見えましたが、それでもこの年は積雪の量が少ないとのこと。

24dsc05141

たっぷりと温泉で温まって、渓谷の雪景色を眺めつつ、ウトウトしつつ一路盛岡駅へと向かいました。

盛岡駅から18:40発の「やまびこ56号」に乗り、東京駅には22:00に到着しました。

3日間の秘湯巡りで、延べ12回温泉に浸かりました。おかげで身体は温まり、随分免疫力が高まったような気がしていましたが、そろそろその効果も消えつつあり、寒さが身にしみるようになっている昨今です。それでも新年早々の温泉巡りは年末年始の疲れを癒やしてくれました。 

 

| | コメント (0)

2026年2月17日 (火)

旅の記憶 みちのく秘湯めぐり 黄金崎・不老不死温泉

2016年1/6 「みちのく三大秘湯巡り」ツアーの2日目は、「ストーブ列車」に乗って終点の金木駅で下車した後、太宰治の生家「斜陽館」を見学した後、五能線で「黄金崎・不老ふ死温泉」へと向かいました。 

01dsc04879

津軽鉄道の金木駅からは私たちの専用バスで「斜陽館」や「津軽三味線会館」がある場所へと移動しました。レストランで、昼食のツアー定食をいただきました。青森名物の せんべい汁 でした。 

02dsc04880

太宰治の生家「斜陽館」へは何回か訪れたことがありました。「斜陽館」は、太宰治の父親が、明治40年に当時のお金で約4万円の大金をかけて造られました。宅地約680坪の豪邸です。 

03dsc04888

太宰治の生家「斜陽館」へは何回か訪れたことがありました。「斜陽館」は、太宰治の父親が、明治40年に当時のお金で約4万円の大金をかけて造られました。宅地約680坪の豪邸です。 

04dsc04893

二階は116坪で8室あり、中には立派な応接室もあります。太宰は、この家を この父はひどく大きい家を建てたものだ。風情も何もないただ大きいのである と書いています。 

05dsc04890_20260217074201

やはり一番面白いのは、太宰個人のモノや作品や写真等を展示してある土蔵のような部屋で、残念ながら撮影禁止となっています。この豪邸は戦後になって人手に渡り、昭和25年から旅館「斜陽館」として旧金木町の観光名所となりましたが、平成8年に旧金木町が買い取りました。 

06dsc04877

「斜陽館」とは道を挟んだ敷地に「津軽三味線会館」がありました。歌手の三橋美智也は津軽三味線の名手だったとか、館内に写真とともに説明がありました。 

07dsc04878

ここでは「津軽三味線全日本金木大会」が開催され、全国から名手が集まってその技を競っています。

08dsc04905

ラッキーなことに、ちょうど13:00からライブが始まるということでしたので500円の入場料を払って聴きました。20分という短い時間でしたが、バチを激しく叩きつける生の音に聞き入りました。目をつむって聴けば雪がこんこんと降りしきる様が目に浮かんできました。昨年の星野リゾート「青森屋」でのライブに続いての鑑賞でした。

09dsc04909

「津軽三味線会館」がある敷地は駐車場にもなっていて、敷地の片隅には除雪された雪が積み上げられていて、少ないとはいえそれなりに雪はありました。 

10dsc04913

津軽三味線のライブを聴いた後、専用バスで五能線の鰺ヶ沢駅へと向かいました。途中、前方を走っている除雪車に追いつきました。除雪車のスピードは遅いのですが、原則追い越してはいけないそうで、しばらく我慢の走行となりました。 

11dsc04914

一面の銀世界、ここも地吹雪が体験できるそうで、こういう景色をボンヤリと見ているだけでもいいです。

12dsc04920

五能線の鰺ヶ沢駅に到着しました。鰺ヶ沢といえば、大相撲の「舞の海」の出身地として有名ですが、津軽藩発祥の地でもあります。 

15dsc04929

列車は既に入線していました。五能線は、秋田県能代市の東能代駅と青森県南津軽郡の川部駅の区間147.2kmを結んでいます。しかし私たちが乗車した電車は鰺ヶ沢駅~深浦区間を走りました。 

16dsc04931

途中駅のホームには 雪かき七つ道具 が置いてあり、雪国ならではです。

17dsc04950

五能線は日本海側の景勝地を走る列車として人気があり、また自動車道も並行して走っています。以前車を運転している時に出会ったことがありましたが、今回は初めて電車から車や日本海を眺めることになりました。 

18dsc04972

雲の切れ目から降り注ぐ光は、旧約聖書から由来して「天使の梯子」と呼ばれていて、まさに日本海の荒海にその梯子がかかっていました。 

19dsc04984

日本海に沿って走っているこの路線には千畳敷などの景勝地もあり、日本海を眺めながらの楽しい列車の旅人なりました。 

20dsc04985

湾曲しながら半島のように突き出た岬の先に黄金崎があります。五能線は強風の時には運休になりますので心配していたのですが、この日は比較的穏やかでした。

21dsc04986

15:55にこの電車の終着の深浦駅に着きました。深浦駅は五能線の要衝駅ですが、一日の平均乗客数は85人(2014年)で、早朝と夜間は無人駅となります。「黄金崎・不老不し温泉」の入浴時間は日の出から日の入り(16:30頃)までとのことでしたので、時間が気になっていました。 

22dsc05003

16:15に到着し、何とか「不老ふ死温泉」の入浴時間に間に合いました。

23dsc04991

宿にチェックインして、取るものも取りあえず温泉へと向かいました。「不老ふ死温泉」は、ホテルの建物から100mくらい先の日本海に突き出るようにありました。 

24dsc04994

入浴時間は日の出から日の入りまでという時間的な制約とともに、日本海の海が荒れていない時という制約もあり、この日は幸いそれ程海は荒れていませんでした。露天風呂は岩の向こうにありました。 

25dsc04992

この「不老ふ死温泉」は混浴ですが、海に面して右側に女性専用の露天風呂があり、男性専用のはなくて混浴となっていました。私たち男性が気持ちよく温泉に浸かって暫くしてからカミさんを除く6人の女性軍団がドヤドヤキャーキャー言いながら(但し、バスタオル着用)入ってきましたので、私たちは温泉の片隅に身を寄せ合いました。  

「不老ふ死温泉」は、旅番組などでもよく紹介されていますので、女性の皆さんはこの混浴に入らないとここへ来た意味がないと思っていたようでした。そもそも秘境巡りというツアーに参加するということですから、混浴は覚悟の上だったようです。添乗員のRieさんまで混浴にトライするとは思っていませんでした。私にとっては昨年の酸ヶ湯温泉以来2回目の混浴体験となりました。それにしても温泉の温度は低く、日本海からの風は冷たく、混浴で落ち着いては入れませんでしたので、寒かった。 

| | コメント (0)

2026年2月14日 (土)

旅の記憶 みちのく秘湯めぐり ストーブ列車

2016年1/6 「みちのく三大秘湯巡り」ツアーの2日目は「黄金崎・不老不し温泉」が最終目的地でした。 

01dsc04708

08:00 たっぷりと温泉に浸かった「青荷温泉・ランプの宿」のスタッフに見送られて次の目的地へと出発しました。こちらの若いスタッフは黒石市から通っていて、通勤時間は30分くらいだそうで、23日泊まりがけの勤務を何人かのスタッフで交代しているそうです。 

02dsc04712

専用バスまでは往路と同じくシャトルバスで送ってもらいました。往路では日が暮れていてどんな道かわからなかったのですが、雪深い山奥の道は運転が大変そうでしたが慣れたものでした。専用の除雪車を2台持っていて、大雪の時には除雪に5時間くらいかかることもあるそうですが、今年は23時間ですんでいるそうです。

04dsc04734rie

専用バスに乗り換えて、添乗員のRieさんからこの日の行程表が配られ説明がありました。とりあえずは、五所川原市へ向かい「立佞武多の館」に寄ってから「ストーブ列車」に乗車するという予定でした。 

06dsc04740

10:20 「立佞武多(たちねぶた)の館」に到着しました。ここ五所川原市には何回か来ているのですが、「立佞武多の館」に入館するのは初めてでした。立佞武多の高さは約23m、重さ19トンというビル6階分の高さのものをどうやってこの建物から外に出すのかというのも興味がありました。 

07dsc04746

立佞武多を建物から搬出するのも大変そうでしたが、制作も大変そうでした。 

08dsc04756

立佞武多の高さに合わせてエレベーターとらせん状の通路が設けられていて、ここでは立佞武多搬出の仕組みがわかるようになっていました。立佞武多のこの館からの出陣は大きな見物(みもの)の一つとなっています。

09dsc04763

高さ23mの立佞武多を上から眺める機会はなかなかありません。上から眺めると、かなりの迫力で、この巨大山車が街中を練り歩く様はかなり勇壮なものと思われました。一昨年(2014年)の夏、青森市のねぶた祭りは見に行ったのですが、ここでの立佞武多祭には来たことがありません。

11dsc04799

立佞武多祭のビデオを見た後、スタッフの説明などがありました。青森市のねぶた祭りに比べると知名度が低いことや観光客の数が少ないことを残念がっていましたが、こればかりは “継続は力なり” と、気持ちで応援することしかできないことが申し訳ないような。 

12dsc04803

「立佞武多の館」の見学を終えて、隣接する「海産物産館」に寄りました。新鮮な魚介類が並んでいました。

13dsc04805

新鮮な刺身もすぐ食べられるように並べられていましたので、この後の「ストーブ列車」の酒の肴を買いました。醤油とワサビとお箸を付けてもらって。 

14dsc04813

「立佞武多の館」からバスで数分の距離にストーブ列車の発着駅「津軽五所川原駅」がありました。 

15dsc04814

津軽鉄道では、「ストーブ列車」以外に「鈴虫列車」や「風鈴列車」も運行しているようで、何とか廃線にならないように一生懸命努力している様子が伺われました。 

16dsc04816

「ストーブ列車」用のスルメや日本酒のセットが売られていましたので、「ストーブ酒」だけ購入しました。 

17dsc04818

11:20発の「ストーブ列車」が待機していました。

18dsc04837

列車が発車すると同時に車内販売が始まりました。スルメや日本酒の他にどら焼きなども売っていました。 

19dsc04836

皆さん、折角だからということでスルメなど買っていました。私たちの席は、人数分の団体席としてロープが張られていました。 

20dsc04826

私は、「海産物産館」で買った刺身と津軽五所川原駅で買った日本酒で早速チビリチビリと始めました。

21dsc04828

日本酒は「ストーブ酒」、刺身はイカとホタテでしめて300円。イカもホタテも本当に美味かった。こういう食材が食べられるということだけを考えれば、この地方に住む人は幸せといえますが・・・。

22dsc04860

車掌さんが時々ストーブの様子を見に来て、石炭を補給したり、いくつかの仕事を兼務していますので結構忙しそうでした。

23dsc04840

途中駅、トンガリ帽子のこんな可愛い駅もありました。 

24dsc04844

元気溌剌の車内ガイドさんが、冗談を言っては笑わせてくれました。 

25dsc04848

窓の外は、一面真っ白の世界で、場所によっては地吹雪体験ができる場所もあるそうです。 

26dsc04851

車内は、私たち団体客と一般客との間をロープで仕切られていました。一般席は半分くらいの乗車率だったように見えました。 

27dsc04868

「ストーブ列車」の終着駅は金木駅で、金木出身の太宰治の小説「走れメロス」に因んだ「メロス号」が停車していました。

「ストーブ列車」は、五所川原市と金木町の間を45分で走っていますので、スルメを焼いたり酒を飲んだり、社内ガイドさんの冗談で笑っているうちにあっという間に終点でした。「立佞武多の館」でも若いスタッフが一生懸命でしたし、最北の私鉄である「津軽鉄道」でも若いスタッフが活躍していました。町おこしにつながり、町に活気が出てくればいいなあ、頑張れ!とエールを送りたくなりました。 

| | コメント (0)

2026年2月11日 (水)

旅の記憶 みちのく秘湯めぐり ランプの宿

2016年1/5 「みちのく三大秘湯巡り」ツアーの最初の秘湯、青荷温泉・ランプの宿での宿泊となりました。

01dsc04616

シャトルバスで辿り着いたランプの宿、電気の光がなくランプだけの世界で、戸惑ったものの少し目が慣れてくるとそれなりに明るく感じ始めました。玄関にはストーブがあり、右手にはフロントがあり、その先の真っ直ぐな廊下の両脇に部屋がありました。 

02dsc04603

目は慣れたと思ったものの、指定された部屋に入るとランプが一つと石油ストーブだけで、暗いなあというのが第一印象でした。荷物の整理は小物は見えにくく、持参したヘッドランプが威力を発揮してくれました。読書は無理でテレビも電話もなく携帯は圏外でしたから、夕食後は温泉に行く以外はまったくすることがなくなりました。寝る時は石油ストーブは消してランプはつけっ放しでしたがしたが、光が柔らかくまったく睡眠の邪魔にはなりませんでした。 

03dsc04614

夕食会場に入ると、スタッフから料理の説明がありました。ご飯と味噌汁はセルフサービスになっていました。 

04dsc04609

ランプの真下は明るいのですがちょっと外れると光は届きませんでした。そうかといって、ヘッドランプをつけながら食べるのは味気なさそうでした。 

05dsc04611

夕食のメニューは地の魚と野菜が中心でしたが、イワナは今まで食べた中では一番美味しいと思えるくらいいい味でした。野菜や煮付けなどは暗くてどんなものか見当がつかないものもあり、恐る恐る口に運んだのでしたがこれも美味でした。食材は暗いところでは美味しそうに見えないのですが、どれもこれもビックリするくらい美味しかったのです。 

07dsc04628

要所要所に案内板があり、多少暗くても迷うことはないのですが、足下は暗いうえに凍結防止の水が自動的に撒かれていますのでうっかりすると濡れてしまいますので、ここでもヘッドランプや懐中電灯が活躍しました。 

08dsc04633

案内板の先にはランプが水先案内となっていました。

09dsc04636 

混浴露天風呂には最小限のランプしかなく、かなり暗い世界でした。 

10dsc04648

何ヵ所かの温泉に浸かり、ランプの明かりの中ぐっすり眠り、夜明けの明かりで目覚めました。

11dsc04651

窓を開けるとそこには真っ白な世界がありました。布団の中で時々雪が落ちる音を夢うつつで聞きました。 

12dsc04699

朝食までの時間、散歩方々温泉巡りに出かけました。ここは「滝見の湯」。 

13dsc04663

浴槽は檜造りで、湯煙の先にはランプの明かりがあり、格子窓を通して雪景色をみることができました。至福の時間でした。この宿には、ほとんど全てガラスがはめ込まれた格子戸や格子窓で、大好き人間としてはそれだけで寛げました。 

14dsc04670

露天風呂は、渓流に架かった橋の先でした。その先には露天風呂や離れの棟がありました。 

15dsc04701

夜は僅かなランプだけで暗かった混浴露天風呂は朝の雪明かりで明るくなっていました。 

16dsc04705

温泉に浸かりながらの雪景色、この時期ならではでした。これも至福の時間。 

17dsc04693

敷地内のあちこちに露天風呂や棟があり、散歩道もありました。ただこの雪の時期は、ほとんどの散歩道は雪に埋まっていました。 

18dsc04698

宿の屋根には雪が積もり、つららも垂れ下がっていました。軒下には雪を溶かすための水路が掘られていました。雪やつららが落ちる音以外には何も聞こえないとても静かな温泉でした。 

19dsc04691

敷地の片隅にランプ小屋があり、ランプがズラリと並んでいました。 

20dsc04679

狭い駐車場には二台のシャトルバスが並んでいました。雪が積もった狭く急傾斜の難路を行き来しています。 

21dsc04687

朝食は、夕食の時と同じ会場でした。昨晩はかなり暗かったのですが、厚い雪雲の天気にもかかわらず朝の明るさと雪明かりでかなり明るく感じました。 

22dsc04686

朝食メニューは品数は多くなく、どちらかといえば質素でしたが滋味を感じ、美味しくいただきました。 

23dsc04683rie

添乗員のRieさんは、入社二年目とか。初っぱな東京駅で乗車ホームを間違えるという大ポカでしたが、そこは度胸と愛嬌で。その都度丁寧な資料を配布し、丁寧な説明をしてくれました。まさか、二つめの秘湯「黄金崎・不老ふ死温泉」(バスタオルの使用可)で混浴に挑戦する度胸まであるとは思いもよりませんでした。

一つめの秘湯「青荷温泉・ランプの宿」は、物珍しさはあり、しかしあまり期待はしていなかったのですが、雪景色の中の温泉の醍醐味を味わいました。繁忙時には予約が取り難いとのことでしたが、冬のこの時期の方がいいのではないかと思いました。電気も何もないと現地ガイドさんに脅かされたのですが、トイレはウオシュレットでしたし、なかなか快適でした。 

| | コメント (0)

2026年2月 8日 (日)

旅の記憶 みちのく秘湯めぐり 青荷温泉へ

2016年1/573日間、「みちのく三大秘湯巡り」(旅物語)というツアーで秘湯といわれる温泉に出かけました。前年も1月(1/13)に3日間の日程で、津軽三味線を聴きに青森に行きましたので2年続けての新年東北ツアーとなりました。

00_20260208073501

添乗員のRieさんが作成してくれた行程図、盛岡を起点としてグルッと反時計回りに十和田湖、ランプの宿として有名な青荷温泉、太宰治の生家(斜陽館)がある金木、日本海に面した黄金崎不老不し温泉、そして乳頭温泉を巡りました。かなり距離のあるコースでした。 

01dsc04472

東京駅06:45集合でしたので、朝食は新幹線の中で食べようと駅弁屋で物色しました。この時間、まだコンビニは開いていませんでしたので、かなりの人たちがあれやこれや豊富なメニューの駅弁を物色していました。昨今、駅弁はかなり進化していて、旅の大きな楽しみとなっています。

02dsc04478

07:12 東京駅07:16発の「はやて111号」で盛岡へと向かいました。

03dsc04492

09:03 東京駅で買ったビールと駅弁で朝食をとっていると、間もなく仙台駅に到着しました。この杜の都に何回通ったことでしょう。東北新幹線の駅の中では特に思い入れのある駅ですし、懐かしい場所です。 

04dsc04501

09:31 仙台を過ぎて盛岡までの区間、雪はどのくらいあるのか興味があったのですが、田畑は収穫を終えた後の土色の大地でした。多分この区間は雪は積もらない区間なのでしょう。

05dsc04509

定刻の10:11盛岡駅に着きました。添乗員のRieさんの誘導で、私たちツアー一行(男性7名、女性11人、計18人)はゾロゾロとカルガモの行列のように後に続きました。この行列はちょっと気恥ずかしく、特に東京駅構内では知った顔に出くわすのではないかといつも気になります。 

06dsc04512

盛岡駅構内では、今が旬のリンゴがとても美味しそうでした。青森県だけではなく岩手県もリンゴが名産品となっています。 

07dsc04514

盛岡駅からは専用バスでの移動となりました。駅からは岩手山がドーンと鎮座している姿が見えたのですが、雪化粧はしていませんでしたし、前方の山にもその気配はありませんでした。 

08dsc04522

11:07 盛岡駅から東北自動車道に乗って暫く走ると、地肌にうっすら雪を纏った奥羽山脈の山脈(やまなみ)が見えてきました。

09dsc04529

11:50 さらに時間の経過とともに、道端に積もっている雪は少し多くなり、舞い落ちてくる雪の量も多く、強くなってきました。 

10dsc04533

12:03 青森県内に入ると一面の雪が見られるようになりました。雪を期待するのは地元の人には申し訳ないと思いつつ、一面の銀世界にようやく冬の「みちのく」に来たという実感が湧いてきました。 

11dsc04534

雪は “しんしんと” という感じで降ってきて、 “雪の降る街を” という曲を思い出したりしていたのですが、やはり地元の人に申し訳ないなあと思っていたのですが、現地ガイドさんから “今年は例年の1/3の雪の量で、スキー場がオープンできなくて困っているし、夏の水不足が心配” と聞かされ、やはりそれなりの積雪は必要だということに納得がいきました。 

12dsc04546

12:51 十和田湖に到着し、ツアー定食の昼食となりました。

13dsc04549

昼食後は自由行動で、十和田神社経由で湖畔に立つという「乙女の像」へと向かいました。

14dsc04552

湖畔には雪が積もっていましたが、前年訪れた時(1/15)には高く積もった雪で湖畔には近づけませんでしたので、やはりこの年の雪は少ないようです。 

15dsc04555

「乙女の像」は、高村光太郎の最後の作品で、光太郎は “立つなら幾千年でも黙って立ってろ」と詩にも詠んでいるのですが・・・。勝手にスリムな少女に近い乙女を想像していたのですが、この冷たい雪が降りしきる中、多少は耐えられるように皮下脂肪もちょっと厚めにしたのかなとか思ったりもしました。 

16dsc04562

私たち以外誰もいない湖畔にはかなり冷たい雪が吹き付けてきて、防寒用の襟巻きを頭に被ってしまいました。気温は-4℃で、さすがに寒かった。きっと「乙女の像」は笑っていることと思いました。 

17dsc04574

14:42 奥入瀬渓流にも寄りました。この時期の水流は水門でコントロールされていて少ないそうです。私たち以外人影の見えない渓流の風情もいいものでした。

18dsc04585

15:30 この日の最終的目的地「青荷温泉」に向かう途中の道は、雪の華ツリーの道で、この白一色の世界もいいものでした。 

19dsc04589

16:49 この時期の東北地方の日の入りは16:30くらいとのことで、あっという間に日が暮れて暗くなってきました。 

20dsc04590

16:55 黒石温泉郷の「青荷温泉」には観光バスの乗り入れはできず、「青荷温泉」のシャトルバスが待っていてくれ、乗り換えました。

21dsc04595_20260208074801

17:25 細い山道を上ったり下ったりして、30分くらいで「青荷温泉」に到着しました。ここは “ランプの宿” として有名で、電気もない、電話もない、テレビもない、ランプだけというだけあって、目的地の宿の前についてもランプがあるだけで真っ暗でした。 

22dsc04601

私たちは、ランプの明かりだけの世界に目を慣らしつつ、おっかなびっくり宿にチェックインしました。

昨年に続いてのこの時期のみちのくツアーで、確かに今年は雪の量が少なく、通りかかったスキー場のリストが空しく泊まっている姿はもの寂しく、夏場の水不足は今から人ごとではないような気がしました。ないないづくしのランプの宿と現地ガイドさんに散々脅かされましたので、最終のドライブインでは万一に備えて食糧などを買い込んだりしました。着いてみれば薄暗く、携帯も圏外となっていて、なるほど秘境というか陸の孤島状態でした。 

| | コメント (0)

2026年2月 5日 (木)

旅の記憶 南米ペルー紀行 ラストフライト

2015年11/25(水) ロサンゼルスで思わぬ滞留となり、アメリカ大陸の主要都市なのでなんとかなるだろうとは思っていたのですが、全員一緒に帰れるか一抹の不安がありました。しかし11:55発のJAL成田行直行便で一緒に帰れるという連絡がありホッとしました。 

01dsc04377

緊急で宿泊したホテルは、「EMBASSY SUITES」という想定外に立派なホテルでした。この豪華なホテルが、乗り継ぎし損なったという暗い気持ちを多少なりとも払拭してくれましたし、成田までの直行便の手配がついたということもあって晴れ晴れとした気分でした。 

02dsc04365

朝食は各自自由にということでしたので、06:57レストランに向かいました。レストランもなかなかのものでした。 

03dsc04379

ホテルはロス空港の目の前にありましたので、部屋からは次から次に飛び立つ飛行機が見えました。数時間後には、成田までのラストフライトになると思うと、感慨深いものがありました。

04dsc04382

09:22 ロス空港に着きました。11:25の搭乗予定でしたのでちょうどいい時間でした。空港には様々な車がひっきりなしに走っていました。 

05dsc04385

空港施設の入口では何ともノンビリとしたデモが行われていました。大空港の玄関口で、子どもも交えたデモは場違いのようでもあり、微笑ましくもあり、自由の国なんだなあと思ったりしました。 

06dsc04386

搭乗手続きのために並びました。ツアー仲間のほとんどは当初の便のウェブ予約をしていたのですが、ここで改めての座席の取り直しとなりました。私はプレミアムエコノミーで参加で、今回の振り替え便でも同様のシートが確保できたとのことでした。 

07dsc04393

プレミアムエコノミーではラウンジも使えることができましたので、他の4人の方と一緒に搭乗までの時間をここで過ごしました。 

08dsc04396

ラウンジでは酒は飲み放題ですが、気をつけないと飲み過ぎて搭乗してからひどい目に遭うことがありますのでほどほどに。 

09dsc04399

真っ先に海苔巻きに手が伸びました。シャリは固くてどうでもいい味でしたが、ワサビとガリと醤油の美味かったこと。 

10dsc04398

酒も食事もほどほどにして、出発までの時間寛ぎました。 

11dsc04401

大阪から参加のご夫婦も一緒で、マチュピチュでブヨに刺されてしきりに痒がっていました。刺されたことに気づかず、12日くらいの潜伏期間があったようで、ここにきて痒くなったとのことでした。私は、虫除けジェルを塗ってしっかりとブヨ対策をしましたので刺されませんでした。 

13_20260205081301

搭乗口のボードには成田行き、11:55定刻通り出発予定とあり、ホッとしました。当初の予定では、ロスからサンフランシスコへ行って、この日の00:35発の予定でしたので、12時間遅れとなりました。仕事がある人など影響を受けた人もいましたが、ロス~サンフランシスコの移動がなくなりましたので、気分は多少楽でした。アメリカでの移動はセキュリティチェックは厳しいし、スーツケースに施錠はできないしと結構気が重かったのでした。 

14dsc04404

搭乗予定の機体の向こうには、真っ青な空が広がっていました。 

16dsc04413

予定通りの搭乗となり、私の席は一番前の窓側でした。プレミアムエコノミーでしたので、少しシートが広く、背もたれの角度も多少は深く倒せましたので楽でした。

17dsc04416

一番前の席でしたので、決して長くはない脚ですが、思いっきり伸ばすこともできましたので、これも楽でした。

18dsc04419

定刻にロス空港を飛び立ちました。羽田~サンフランシスコ~ロス~リマ~クスコ~リマ~ロス~成田と、7回のフライト、ナスカの遊覧飛行を入れると8回飛行機に乗ったことになり、これがラストフライトとなりました。 

19dsc04421

20dsc04425

22dsc04431

食前酒、一回目の食事、寝酒、二回目の食事と、飲んだり食べたり、時々読書をしてうつらうつらしているうちに11時間半は過ぎてしまいました。食事は、感動的に美味しかったのでした。

23dsc04436

17:30 入国審査と税関を通過して、リムジンアバス乗り場へ。WiFiでとてもお世話になったK子さんと一緒になりました。K子さんは秋田までのフライトがなくなり羽田泊となりました。帰国が遅れたことにより医学研修の授業に出られなくなったとのこと。専攻は脳神経外科で、来年は医師国家試験を受けるとのこと、合格をお祈りいたします。いい先生になって下さい! 

24dsc04443_20260205081801

リムジンバスでみなとみらいに到着し、長いような短いような旅は終わりました。

どうなることかと思ったトラブルも12時間遅れの帰国となり、仕事の影響やK子さんのように勉学の影響を受けた人もいましたが、まあまあのリカバリーでした。ロスでの豪華ホテル宿泊はいい思い出になりました。

南米という遠い地への移動や高山都市への訪問で、風邪をひいた人数人、高山病に罹った人数人、ナスカ遊覧で飛行機酔いの人数人、マチュピチュのブヨ(マチュピチュ名物)に刺された人2人、マチュピチュで脚が攣った人1人、とまあそれぞれでしたが、全員無事に帰国しました。マイアミ在住の元気な日本人Hitomiさんに出会えたこと、ナスカ地上絵遊覧やマチュピチュ訪問が好天に恵まれたこと、大感謝です。 

| | コメント (0)

2026年2月 2日 (月)

旅の記憶 南米ペルー紀行 ロス滞留

2015年11/24(火) 早朝のフライトでクスコを出発し、リマに着いて、リマからはロスへ、ロスからサンフランシスコへ、サンフランシスコからはラストフライトとなる羽田行きに乗るという綱渡り的な予定になっていました。特に、混雑が予想されるロスでのサンフランシスコ行きへのトランジットの時間は2時間くらいしかなく、上手く乗り継げるか心配はしていたのですが。 

01dsc04275

リマ行きのLAN航空機は予定通り07:00に離陸しました。クスコ空港を取り囲むアンデスの山と青い空、とても印象に残る空港でした。 

02dsc04278

離陸した機体は、まるで山登りをしているかのようにアンデスの山の傾斜と並行して上昇していきました。窓からはすぐ傍に山肌が迫っていて、ヒマラヤ遊覧飛行のようなもので、ワクワクしました。

03dsc04280

しばらく上昇し続けた機体はようやく山脈の上に出て、アンデス山脈を見下ろす形となりました。 

04dsc04289

急に現れた白い峰々、白い雪を被っている山塊は標高4,000mを超えているといわれていますので、最も標高が高い頂あたりを飛んでいるようでした。 

05dsc04303

クスコからリマまでの1時間半のフライトは、とてもエキサイティングなものでした。あっという間にリマ空港に着陸し、目の前には女性オペレーターが操作するタラップというか、動く搭乗通路が目の前に迫っていました。 

06dsc04304

リマからは12:40発のロス行きの飛行機で、待ち時間が4時間もありましたので、お茶したりブラブラして時間を潰しました。 

07dsc04310

リマ空港は南米有数の空港ですので、たくさんの飛行機が搭乗前の整備で駐機していました。ここまでたくさんのフライトを重ねてきて順調でしたので、私たちの乗る予定の飛行機も順調に整備しているものと安心しきっていたのですが。 

08dsc04313

ノンビリと店先にあるプレインカ時代の遺跡を見たりして、クスコ市内にあったラルコ博物館などを思い出しながら、最後のペルーの時間を楽しんでいたのですが。 

09dsc04315

搭乗口のボードには、11:44という現在時刻と12:40という出発時刻が表示され、あと30分くらいで搭乗かなあと思っていたのですが。 

10dsc04316

11:55 出発時間の45分前になって、搭乗しようと待っていた人たちのため息と妙な動きが始まり、不吉な予感が。ツアーコンダクターのYさんによると、搭乗予定機がこちらに向かっていないので、2時間後にどうなるかのアナウンスがあるということでした。 

11dsc04318

Yさんによると、今までの順調さが不思議なくらいLAN航空はトラブルメーカーとのこと。今更それはないでしょう! と突っ込みたくなりましたが、仕方ありませんでした。適当に昼食をとったりして時間を潰すことにしました。 

12dsc04320

15:33 最初の予定時間(12:40)より3時間遅れの搭乗となり、この時点で完全にロスからサンフランシスコ行きの飛行機には間に合わないことになり、その事は即ちサンフランシスコからの羽田行きには乗れないということでした。予定通りの(11/26の早朝羽田着)帰国はできないということになりました。  

13dsc04325map

21:11(アメリカ時間) この時間は、予定通りならロスからサンフランシスコへのフライト(21:00)がスタートした時間ですが、私たちはようやく南米大陸から北米大陸に入りロス目前の上空にさしかかったという状況で絶望的だったのですが、まあロスに着けばなんとかなるだろうという淡い期待を抱いていました。 

14dsc04328

21:56 ロス市街の灯が見えてきました。ツアー第一日目にも見た煌々と輝いている明かりで、その時はこれから始まる旅への期待が高まったのですが、今回は、私たち一行はどうなるのだろうか、私たちが全員乗れる飛行機が手配できるのだろうかという不安が一杯でした。 

15dsc04338

23:36 とりあえずは、この日はロス市内のホテルに宿泊することにして、シャトルバスを待ちました。シャトルバスはなかなか現れず、難民になった気分でした。

16dsc04345

00:25 真夜中、なんとかロスのホテルに到着しました。 

18dsc04349

00:25 真夜中、なんとかロスのホテルに到着しました。 

17dsc04363

このホテルでの予定外の宿泊は、遅延したLAN航空の費用負担ということになっていましたので、あまりいいホテルには泊まれないだろうと覚悟していたのですが、ツアーで宿泊したどのホテルより高級そうで、とりあえずはホッとしました。 

19dsc04357

指定された部屋に向かって、エレベーターで移動すると、高級マンションのようなホテルでビックリ。 

20dsc04354

21dsc04355

部屋はスイートルームのように広く、得した気分でした。しかしもう夜中の1時、ベッドに潜り込みました。

思わぬ展開でロスに宿泊することになりました。翌日まだどうなるかわからなかったのですが、東京から来ていたOLさん二人組は、どうせならロス市内観光しましょうなどと元気一杯で、さすが若い人は気分転換が早く、こちらもそれもいいかもと思ったりもしました。 

 

| | コメント (0)

« 2026年1月 | トップページ | 2026年3月 »