旅の記憶 南米ペルー紀行 ロス滞留
2015年11/24(火) 早朝のフライトでクスコを出発し、リマに着いて、リマからはロスへ、ロスからサンフランシスコへ、サンフランシスコからはラストフライトとなる羽田行きに乗るという綱渡り的な予定になっていました。特に、混雑が予想されるロスでのサンフランシスコ行きへのトランジットの時間は2時間くらいしかなく、上手く乗り継げるか心配はしていたのですが。
リマ行きのLAN航空機は予定通り07:00に離陸しました。クスコ空港を取り囲むアンデスの山と青い空、とても印象に残る空港でした。
離陸した機体は、まるで山登りをしているかのようにアンデスの山の傾斜と並行して上昇していきました。窓からはすぐ傍に山肌が迫っていて、ヒマラヤ遊覧飛行のようなもので、ワクワクしました。
しばらく上昇し続けた機体はようやく山脈の上に出て、アンデス山脈を見下ろす形となりました。
急に現れた白い峰々、白い雪を被っている山塊は標高4,000mを超えているといわれていますので、最も標高が高い頂あたりを飛んでいるようでした。
クスコからリマまでの1時間半のフライトは、とてもエキサイティングなものでした。あっという間にリマ空港に着陸し、目の前には女性オペレーターが操作するタラップというか、動く搭乗通路が目の前に迫っていました。
リマからは12:40発のロス行きの飛行機で、待ち時間が4時間もありましたので、お茶したりブラブラして時間を潰しました。
リマ空港は南米有数の空港ですので、たくさんの飛行機が搭乗前の整備で駐機していました。ここまでたくさんのフライトを重ねてきて順調でしたので、私たちの乗る予定の飛行機も順調に整備しているものと安心しきっていたのですが。
ノンビリと店先にあるプレインカ時代の遺跡を見たりして、クスコ市内にあったラルコ博物館などを思い出しながら、最後のペルーの時間を楽しんでいたのですが。
搭乗口のボードには、11:44という現在時刻と12:40という出発時刻が表示され、あと30分くらいで搭乗かなあと思っていたのですが。
11:55 出発時間の45分前になって、搭乗しようと待っていた人たちのため息と妙な動きが始まり、不吉な予感が。ツアーコンダクターのYさんによると、搭乗予定機がこちらに向かっていないので、2時間後にどうなるかのアナウンスがあるということでした。
Yさんによると、今までの順調さが不思議なくらいLAN航空はトラブルメーカーとのこと。今更それはないでしょう! と突っ込みたくなりましたが、仕方ありませんでした。適当に昼食をとったりして時間を潰すことにしました。
15:33 最初の予定時間(12:40)より3時間遅れの搭乗となり、この時点で完全にロスからサンフランシスコ行きの飛行機には間に合わないことになり、その事は即ちサンフランシスコからの羽田行きには乗れないということでした。予定通りの(11/26の早朝羽田着)帰国はできないということになりました。
21:11(アメリカ時間) この時間は、予定通りならロスからサンフランシスコへのフライト(21:00)がスタートした時間ですが、私たちはようやく南米大陸から北米大陸に入りロス目前の上空にさしかかったという状況で絶望的だったのですが、まあロスに着けばなんとかなるだろうという淡い期待を抱いていました。
21:56 ロス市街の灯が見えてきました。ツアー第一日目にも見た煌々と輝いている明かりで、その時はこれから始まる旅への期待が高まったのですが、今回は、私たち一行はどうなるのだろうか、私たちが全員乗れる飛行機が手配できるのだろうかという不安が一杯でした。
23:36 とりあえずは、この日はロス市内のホテルに宿泊することにして、シャトルバスを待ちました。シャトルバスはなかなか現れず、難民になった気分でした。
00:25 真夜中、なんとかロスのホテルに到着しました。
00:25 真夜中、なんとかロスのホテルに到着しました。
このホテルでの予定外の宿泊は、遅延したLAN航空の費用負担ということになっていましたので、あまりいいホテルには泊まれないだろうと覚悟していたのですが、ツアーで宿泊したどのホテルより高級そうで、とりあえずはホッとしました。
指定された部屋に向かって、エレベーターで移動すると、高級マンションのようなホテルでビックリ。
部屋はスイートルームのように広く、得した気分でした。しかしもう夜中の1時、ベッドに潜り込みました。
思わぬ展開でロスに宿泊することになりました。翌日まだどうなるかわからなかったのですが、東京から来ていたOLさん二人組は、どうせならロス市内観光しましょうなどと元気一杯で、さすが若い人は気分転換が早く、こちらもそれもいいかもと思ったりもしました。
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