旅の記憶 パタゴニア物語 マゼラン海峡
2016年2/7(日) ツアーの5日目は、長い長いバスの旅でした。
パンアメリカンハイウェイを北上して、国境を越えてアルゼンチンからチリに入りました。さらに北上してマゼラン海峡を目指しました。
国境を越えてチリに入った時には道は舗装されていない道がしばらく続きましたが、ようやく舗装された道となり、快適なバスの旅となりました。
パンパ(草原)には様々な生物が棲んでいました。中でもグアナコは代表的な動物で、頻繁に見かけました。
羊や牛や馬、狐やウサギなど、パンパにはたくさんの生き物がいました。
どこまで行っても、どこまでも続くパンパにはあきれ果ててしまうほどでした。それでも、バスに揺られてこういう景色をボンヤリ眺めているのは好きなのです。
04:41 ようやく海に突き当たりました。これがマゼラン海峡。マゼラン海峡は、マゼランが1520年にここを通り、約660kmの海峡を40日間かけて通り抜け、太平洋と大西洋を繋げる海峡であることを発見したものです。どういうわけか私たち日本人には馴染みのある海峡です。
ちょうど対岸(南アメリカ大陸)から来たフェリーが接岸して、こちら側のスロープにガリガリ(音はしませんが)と、接岸というよりは乗り上げていました。開いた船首の鉄板が下ろされると、トラックや自家用が上陸を始めました。とてもシンプルでわかりやすいフェリーでした。
私たちはバスを降りて、歩いて乗船しました。マゼラン海峡というかなり有名な海峡の割には建物がなく、実にあっさりと殺風景な船乗り場でした。
フェリーに乗ってみると甲板はとても広く見えました。
16:52 私たちが乗船した後、バスも上陸しました。後方の陸には、国境でとても時間のかかったチェックを受けていた大型バス(おかげで私たちは随分待たされました)が取り残されていました。どうやら次のフェリーで海峡を渡るようでした。
人も車もあっという間に乗り込んで、いつの間にか出航していました。フェリーには船室はありませんでしたがトイレがあり、ドライブ中長時間トイレがありませんでしたので助かりました。
南アメリカ大陸側からはフェリーがこちらに向かって出航していました。2隻のフェリーは交互にピストン輸送で海峡を行き来していました。とてもわかりやすいシンプルなシステムでした。このマゼラン海峡は、チリ・アルゼンチン間の国境画定条約において、自由通行可能な海域とされ、国際海峡と認識されています。
マゼラン海峡は南アメリカ南端部とフェゴ島を隔てる海峡であり、内海ですので波はほとんどなく穏やかだったのですが、鳴門の渦潮のように潮の流れは速く渦を巻いていましたので、フェリーの操船はかなり難しそうでした。
フェゴ島側の船着き場辺りには建物が何もなく殺風景でしたが、南アメリカ大陸側にはいくつかの建物がありました。
フェリーは、ガリガリ・ゴリゴリという音も出さずとてもスムーズにスロープに乗り上げ、船首が開かれ、私たちもバスも上陸し、あっという間に空っぽになりました。どうやら、フェリーの構造に合わせて船着き場のスロープが造られたようです。とても合理的です。単純に橋を架ければとも思うのですが、アルゼンチンとチリとの国境問題や大型船の通行などの問題があるのだろうと思ったりもしました。
海峡というと、津軽海峡など何となくドラマ性を感じるもので、特にマゼラン海峡は世界で初めて世界一周を成し遂げた探検家マゼランが発見したものでしたし、その探検記など胸を躍らせて読んだ記憶がありましたので、もう少しドラマチックに感慨にふけるのかなと思っていたのですが、感慨に耽る間もなくあっという間に(30分足らず)海峡を渡ってしまいました。
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