旅の記憶 スペイン紀行 アルハンブラ宮殿
2016年9/13(火) スペイン観光の目玉の一つ、アルハンブラ宮殿へと行きました。
前夜一緒にフラメンコショーを見に行った5人組張り切りレディのリーダーYumikoさんのリードで、朝食前、出発前の早朝体操で身体をほぐしました。前夜就寝は遅くなったと思うのですが、相変わらず元気でした。
宿泊したホテルはアルハンブラ宮殿のすぐ傍でしたので、比較的ゆっくりとホテルを出発しました。ホテル街の緩やかな坂を下ったところがアルハンブラ宮殿です。
アルハンブラ宮殿の入口です。
この日も朝から青空が広がり、強烈な太陽が顔を出していました。
最初に向かったのはアルハンブラ宮殿に隣接している「ヘネラリーフェ庭園」でした。1931年頃から整備が始まって1951年に完了したという庭園はよく整備されていて、濃厚な緑の樹木がとても気持ちよかったです。
緑だけではなく、花の色も鮮やかで、スペインで初めて名にした花々でした。
庭園の中には別荘があり、別荘内の中には細長い池を囲むように花壇、噴水、柱廊が設けられていました。この中庭は、アンダルシア地方におけるイスラム建築において、最も保存状態が良いものの一つとのこと。
「ヘネラリーフェ庭園」を出てくるとアルハンブラ宮殿の鐘楼が見えました。
アルハンブラ宮殿は、イスラム王によって建築(1238年着工、1391年完成)され、250年間のイスラム政権によって改築、増築されました。その後15世紀にキリスト教連合軍がグラナダを奪還した後、16世紀にキリスト教徒によって建築された宮殿です。
アルハンブラ宮殿の中に「カルロス5世宮」があり、その内側は円形の石畳の中庭になっていました。
アルハンブラ宮殿内には、国営のホテルがあり、フランシスコ修道院を改造した人気のホテルだそうですが、豪華ホテル並みの料金だそうです。
アルハンブラ宮殿は、アルハンブラ教会やカルロス5世宮などたくさんの建物があります。教会はモスクのあった所に建てられたものです。
アルハンブラ宮殿は、イスラム政権からキリスト教政権へと政権の交代が行われたという運命をもっていて、その間流血があったりもしました。砂漠に住むイスラムの人々は、昔から過酷な環境を壁で遮断してその内側に楽園を造ったともいわれています。
人気の観光スポットですので、入場は厳しく、3ヵ所でのチケットのチェックがありました。
「アラヤネスの中庭」は、南北35m、東西7mの長方形の池。背景の塔は「コマレスの塔」。
滅びゆく王国が造ったイスラム建築の最高峰ともいわれています。キリスト教に政権が移ってから、キリスト教様式のデザインが加えられ、独特の雰囲気を醸し出しています。イスラム教徒を異端視しつつも、中世のヨーロッパはイスラムから医学、数学、化学など多くの知識を学び、建築もその一つといわれています。
宮殿から見た街並みは、中世の城下町のようでした。アルハンブラ宮殿が辿ってきた運命に思いを馳せると、ギター独奏曲の名曲「アルハンブラ宮殿の思い出」が聞こえてくるようでした。
アルハンブラ宮殿は、例えばベルサイユ宮殿に比べればその規模は遙かに小さく、ポタラ宮に比べれば華やかさは足下にも及ばないのですが、イスラム教様式とキリスト教様式の融合と悲しい歴史とが相まって「アルハンブラ宮殿の思い出」は生まれたのでしょうか。




















































































































































































































最近のコメント