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2026年9月 8日 (火)

旅の記憶 スペイン紀行 バルセロナへ

2016年9/14(水) バルセロナへと向けて予定より1時間半遅れて出発しました。途中、レストランでの昼食をバス車内持ち込みに切り替えて、先を急ぎました。 

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ツアー6日目、ツアーの最終目的地バルセロナへと向かいました。マドリッドから南下し、アンダルシア地方のマラガから折り返して再び北上し、総走行距離は2,000km、青森~鹿児島間の距離を移動しました。 

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長距離移動の日々で高速道路も随分走りましたが、バイクを見たのは初めてでした。ヨーロッパ大陸は地続きですのでもう少しバイクが多いのかなあと思っていましたので意外でした。 

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道路標識にバルセロナの文字が出てきました。私たちは、何はともあれグエル公園とサグラダ・ファミリアの予約時間に間に合うかどうかが気になっていました。 

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幸い、高速はガラガラでしたので、ドライバーさんもリラックスして程々のスピードで走っていました。 

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遠くに尾根がのこぎりの刃のようにギザギザなっている山が見えました。「モンセラット」という山で、「のこぎり山」と呼ばれる奇岩群の山だそうです。ガウディがサグラダ・ファミリアを造るときにヒントを得たといわれています。 

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(インターネットより転載) ガウディがヒントを得たということもわかりますし、ここには修道院があり「黒いマリア像」が有名な所だそうです。 

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高速道路の料金所に来ました。料金を支払うシステムは、ドライバーさんがチケット(多分クレジットカード)を無人の機械に挿入すると自動的に徴収されるようでした。 

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ところが、何が悪いのか何回トライしても信号は赤のままで、仕方なく一度バックして隣のブースで試したのですがやはりダメで、結局係員を呼び出すということになり、私たちはその間、予約時間に間に合うかどうかが心配でハラハラしていました。 

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ようやく料金所を無事に通過してバルセロナ市内に入りました。 

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バルセロナは、首都マドリッドに次いで2番目に大きな都市です。人口は160万人(2014年)で、1992年に第25回夏季オリンピックが開催されました。当時中学二年生(14歳)の岩崎恭子さんが史上最年少で200m平泳ぎで金メダルを獲得し、スペイン人だけではなく世界中をビックリさせ「今まで生きてきた中で、一番幸せです」という名台詞をはいたのはバルセロナオリンピックでした。 

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市内の目抜き通りに入ると不思議なビルが見えました。地震で歪んでしまったのかと思えるような構造ですが、ガウディが手がけたカサ・パトリョなどで、いきなりガウディの世界、アートの世界に入り込んだような気になりました。

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他の都市でも見かけた大きなゴミ箱。小型自動車くらいの大きさのゴミ箱があちこちにあり、バルセロナでも環境の美化に力を入れているそうです。 

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15:39 最初に見学予定の「グエル公園」の駐車場に着きました。何時に予約したのかはわかりませんが、とにかく間に合いました。それにしても、駐車場一つにしても楽しくなるアートにしてしまう心意気が感じられました。

マドリッドからハラハラした5時間でしたが、滑り込みセーフでした。その間、逆に盛り上がったりもしました。そしてバルセロナ市内に入って見た不思議なビル、人が住んでいるということで再びビックリしました。「グエル公園」と「サグラダ・ファミリア」観光への期待が膨らみました。 

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2026年9月 5日 (土)

旅の記憶 スペイン紀行 トラブル

2016年9/14(水) バレンシアで一泊し、いよいよスペイン観光の最大の目玉、バルセロナのサグラダ・ファミリア観光に出かけることになったのですが。ドライバーさんの緊急入院という異常事態が発生してしまい、私たちは立ち往生してしまいました。

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ツアー6日目、バレンシアからバルセロナまでの移動時間は5時間。 

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バレンシアで宿泊したホテルは、ローカルな場所にあるごく普通のビジネスホテルでした。 

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宿泊したホテルもベッドは一つで、これもごく普通。

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ホテルはバレンシア市内からかなり離れた郊外にあり、すぐ近くには日本と同じように郊外型のショッピングモールがありました。 

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バルセロナまでは5時間の移動ですので、朝食はカロリーの高そうなものをしっかりととりました。

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出発時間となって、バルセロナ観光に期待に胸を躍らせ、全員元気で張り切ってロビーに集結したのですが。ドライバーさんが緊急入院したとのことでビックリしました。 

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9/11に撮影) ずーっと一人で運転して頑張ってくれたドライバーさんですが、長距離移動の日々で疲れたのでしょうか。 

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最大の問題は、バルセロナでのグエル公園とサグラダ・ファミリア観光は、予約制で予約時間に1秒でも遅れたら入園できないということでした。宿泊したホテルは郊外で、鉄道や飛行機を利用しようにも最寄り駅やターミナルへ24人が移動することができず立ち往生ということになりました。焦っても仕方がないと、ロビーでN氏と酒盛りということになりました。 

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結局、別のバス会社に手配がついて1時間半遅れの出発となりました。

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予約時間に間に合わないとグエル公園もサグラダ・ファミリアも入場できませんし、予定より1時間半遅れの出発でしたので、高速ではガンガン飛ばしてもいいよ! と祈るような気持ちでした。 

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5時間の長時間移動でしたので景色はいろいろ変わってゆくのですが、気もそぞろでした。 

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出発が遅れましたので昼食をレストランでとることを諦め、その代わりツアー会社からお詫び代として20ユーロ(2,500円くらい)支給されました。ドライブインで好きなものを買うことになりました。 

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メニューがいろいろあり、何にするかかなり迷いました。

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飲み友のN氏と私は生ハムサンドとソーセージ(二人でシェア)にしました。

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それぞれ食材を仕入れてバスに戻ってみれば新しいドライバーさんはまだ現れず、私たちはバスの日陰で行儀よく並んで待っていました。修学旅行のような気分でした。レストランでお仕着せのメニューを食べるよりも好みのものを選べた方が良かったと、全員嬉しそうでした。 

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ドライバーさんがバスに戻り、私たちは車内昼食となりました。N氏はVIPシート(テーブル付き)に座っていましたので、二人で酒盛りをということになりました。

一時はどうなることかと思いましたが、全員で鉄道にとか飛行機とかいろいろ考えている間に別のバス会社が手配できました。トラブルのおかげでツアー仲間の団結力がさらに強まり、20ユーロ貰えましたし、さらにオマケが付いて、今晩の夕食にはワンドリンク無料というオマケが付きました。災い転じて福となりました。

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2026年9月 2日 (水)

旅の記憶 スペイン紀行 バレンシア・パエリア

2016年9/13(火) アルハンブラ宮殿を観光した後、バスでバレンシアへと向かいました。 

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グラナダからバレンシアへは、地中海を右手に見て北上するルートでした。 

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アルハンブラ宮殿近くのホテルからバスにより、高速を走りました。

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グラナダを出発して、道々見えた街並みの上空には秋を思わせるような筋雲が流れていましたが、気温は30度以上でまだまだ暑い気候が続いていました。 

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大まかなルートは地中海と並行しているのですが、乾燥した丘陵地帯も走りました。 

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14:00過ぎに昼食となりました。メインはローストチキンでこれがとても美味しく、ツアーで食べた食事では一番美味しかったのでした。 

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飲み友4人組は同じテーブルに着くようになり、次第に酒量が増えました。ワインやビールの瓶がボーリングのピンのようになりました。 

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食事をしたドライブインのメニューを見ると、美味しかったローストチキンが5.8ユーロ(600700円くらい)でしたので安く感じました。 

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必ず目にする生ハムのブロック(プロシュート)を見る度に買って帰りたかったのですが、必ず羽田でストップがかかると思われ諦めました。 

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食事をしたドライブインから見たルービックキューブのような建物はホテル。色彩感覚豊かなこの国ならではです。

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時々、地中海が見えました。そして海に面してリゾートマンションなどが建ち並んでいました。

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バレンシア市内に入ると一気に大都会の景色になりました。 

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バレンシアは、バレンシア州の州都で港湾都市です。人口は80万人で、マドリードとバルセロナに次いで3番目に大きな市です。

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19:20 レストランに到着しました。ガラス張りとなっている厨房を覗くと大きな鍋にパエリアが美味しそうに湯気を立てていました。パエリアは、米どころとして知られるバレンシア地方発祥の食べ物で、「パエリア」という言葉はバレンシア語で「フライパン」を意味するそうです。 

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前菜は普通のサラダでしたが、これがきちんと美味しかったです。

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ここでも飲み友4人組は同じテーブルにつきました。 

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私たちツアー仲間分のパエリアができあがりました。これで何人分あるでしょうか。

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自分の分は自分で大鍋から取り分けるのかと思っていましたら、店のスタッフが盛りつけてくれました。味は美味しく満足しました。

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私たちが食事をしている間、豪雨と雷にビックリしましたが、食事が終わる頃雨は止んでいました。表に出ると、落雷か強風か太い木の枝が折れていました。

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21:57 食後ホテルに戻った後、すぐ近くのスーパーに最後の買い物に行きました。

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やはり生ハムコーナーが人気で、私も生ハムを追加購入しました。

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最後の買い物の最後のレジは、余った現地通貨ユーロで支払い、不足分をカードで決済するとか、皆さんそれぞれ工夫していました。

初めて食べた本場パエリアは、サフランがたくさん使われているようでさすが本場と思いました。パエリアは日本のレストランで食べることもあり、また自分で作ることある食べ物ですが、スペインでも美味しく、日本でも美味しく、お米の味はあまり違いはありませんでした。要は、具にどれほどお金をかけるかによるという当たり前のことがわかりました。

 

 

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